樽見鉄道で やまがの たび♪

きのう 2011年 4月 16日、樽見鉄道に のりに いった。

東海道線で 大垣に つくと、まあはい いちばん はしっこの ホームに みどりいろの 列車が とまっとる。これから のる 9時 10分 発の 樽見鉄道の 列車だ。

110416-50 大垣 到着
110416-50 大垣 到着

いったん 改札を でて、樽見鉄道の きっぷを かってから また はいりなおす。こう せんと トイカの 処理が できんでだ。豊橋 みたいに 改札よりも なかに トイカ 処理機を おいて くれや、こんな 不便は なくせるのに。

110416-53 樽見鉄道の のりばは 大垣駅の 6番線
110416-53 樽見鉄道 のりばは 6番線

ホームに いって みんなの ならんどる 列に つくだけど、さっきの みどりいろの 列車が とまっとる とことは べつの ばしょだ。あ、ちがう 列車が 出発するだなと おもって そのまま まつ。まあ でる じかんじゃ ないかと ケータイで 時間を みると、出発の 時間を すぎとる。列を 案内しとる おじさんに きくと、9時 10分 発の みどりいろの 列車は まあはい でちゃって、この 列は つぎの 10時 9分 発の 臨時 快速に のる ための 列だった。そう いや、さっき 10時 9分って いっとったけど、てっきり 9時 10分の いいまちがいだと きにも とめとらんかっただ。

こんな とこで 1時間 まちは かんべんして くれよと 列を はなれようと すると、となりの ひとに いま どっか いっちゃうと また のれんく なっちゃうよと いさめられ、その まま まつ。岐阜の やまおくは まんだ さくらの シーズンが おわっとらんくて、列車で はなみに いく ひとたちで いっぱいなだ。

ホームに 乗車 まちの ひとの 列は すでに 3倍 以上の ながさに なり、9時 46分には おりかえして 発車する 列車が 到着。「うすずみ 観桜号」の ヘッドマークを つけた 列車は まぎれも なく はなみ 列車だ。

110416-54 樽見鉄道 うすずみざくら号
110416-54 樽見鉄道 うすずみざくら号

うすずみざくら号は あっというまに 満員 電車 状態に なり、レールを 中心に 列車 前方からの 展望を 写真に とるなんて ことは とても かなわん。わずかに まどの そとの 風景や すれちがい 駅の ようすを とったり する ぐらいしか できん。

さいしょの 駅 東大垣で あおい 列車と すれちがう。

110416-55 東大垣で すれちがった 対向 列車
110416-55 東大垣で すれちがった 対向 列車
110416-56 東大垣で てを ふる こどもたち 110416-48 樽見鉄道 東大垣
110416-56 てを ふる こどもたち
110416-48 東海道線から みた 東大垣

こどもたちが いっしょうけんめいに てを ふるので、こちらも てを ふって かえすと おおよろこびと なる。こどもは エネルギーの かたまりだ。

揖斐川 きょうりょうを わたり、瑞穂 市域の 横屋 (よこや)、十九条 (じゅうくじょう)、美江寺 (みえじ)と すぎ、本巣 (もとす) 市域に はいった さいしょの 駅が 北方真桑 (きたがたまくわ)だ。となりの 町の 北方町 (きたがたちょう) やくばの もより 駅でも あるので、北方町は 町域に 樽見鉄道が はしっとらんにも かかわらず、年額 200万円を 支援しとる。

110416-57 樽見鉄道 満員の 車内 (横屋で) 110416-58 北方真桑 (きたがたまくわ)の ホーム
110416-57 満員の 車内 (横屋で)
110416-58 北方真桑の ホーム

北方真桑から 終点の 樽見まで、揖斐川 町域に 属する 谷汲口 (たにぐみぐち)と 高科 (たかしな)の ふた駅を のぞいて、すべての 駅が 本巣 市域に ある。

モレラ岐阜、糸貫 (いとぬき)と すぎ、本巣に つく。モレラ岐阜は 付近に おおがた ショッピング センターが できたで できた 駅で、この ときも なんにんかの のりおりが あったし、かえりにも なんにんかが ここで おりた。

本巣は 本巣町の 中心 駅で、構内も ひろびろと しとって、樽見鉄道の 本社や 車両 基地も ここに ある。

110416-59 本巣で すれちがった TARUMI RAILWAY号
110416-60 本巣で すれちがった TARUMI RAILWAY号
110416-59,60 本巣で すれちがった TARUMI RAILWAY号

美濃の 茶人と して 有名だって いう、本巣市 出身の 古田織部 (ふるた おりべ)の えの はいった 列車と すれちがった ほか、車両 基地には あざやかな ももいろの 列車も おいて あった。樽見鉄道の 列車は いろとりどりで、これは これで たのしい。

110416-61 本巣に おった ももいろの 車両
110416-61 本巣に おった ももいろの 車両

つぎが 古田織部の うまれた ところと おもわれる 織部だ。駅の となりには みちの 駅が ある。って いうか、みちの 駅が さきに できて、もよりの ところに 鉄道の 駅を つくっただげな。いい とりくみだ。

110416-62 織部 (おりべ)では いっぱい ひとが のって くる
110416-62 織部

みちの駅 「織部の里もとす」を みて きたと おもわれる 団体客が のりこんで きた。かえりにも なんにんかが ここで おりたし、うまく 鉄道が 活用されとる。ここ 織部までは 平野 区間で、列車も 各駅 停車で きたけど、あとは 途中 神海 (こうみ)に とまる だけだ。

定刻の 2分 おくれで 織部を でた 列車は 一気に やまが 区間に はいり、揖斐川の 支流 根尾川 (ねおがわ)を みぎに ひだりに みて 樽見に いたる。

木知原 (こちぼら)、谷汲口を 通過し 神海に とまる。

110416-63 神海 (こうみ)の ホームの 名所 案内
110416-63 神海の 名所 案内
110416-64 神海 (こうみ)で すれちがった 対向 列車
110416-65 神海 (こうみ)で すれちがった 対向 列車
110416-64,65 神海で すれちがった 対向 列車

ここで すれちがった みどりいろの 列車は、ひょっとしたら 大垣で のりそこねた 列車が おりかえして きた もんだったかも しれん。

神海を でると ノンストップなだけど、終点 樽見までの 10.9キロの 区間は、じつは 1989年って いう あたらしい 時代に 開通した もんだ。満員 電車 状態で レールが みれんのが まことに 残念なだけど、それまでよりも のりごこちが よく なっとるのが わかる。

車窓からは やまに たにに かわらに さくらが みえる。

110416-66 神海 (こうみ)を すぎた へんの 車窓 風景
110416-67 神海 (こうみ)−樽見間で 鉄橋から みた かわの した
110416-68 神海 (こうみ)−樽見間で みた かわら
110416-66,67,68 神海−樽見間の 車窓 風景
110416-69 まもなく 終点 樽見
110416-69 まもなく 終点 樽見

11時 9分、樽見 着。ここまでの 34.5キロを ちょうど 1時間で きたで 表定 速度は 34.5km/h。ちなみに 快速 運転を おこなうのは 臨時 列車だけで、通常 運転されるのは すべて 各駅 停車なだけど、その ばあいは 所要 時間が だいたい 5分 プラスの 65分と なる。

110416-73 樽見に 到着した うすずみざくら号
110416-71 樽見まで のって きた うすずみざくら号
110416-76 樽見で おりかえし 出発する 列車
110416-73,71,76 樽見への うすずみざくら号の 到着と おりかえし 出発

ホームに おりて レールを たしかめる。やっぱり コンクリート まくらぎだ。神海−樽見間 だけじゃ なくて 全体に 線形も いいで、ちょっと 線路に てを いれて JR東海の 高性能 気動車でも かりて くや、いまよりも ずっと 高速 運転が できると おもった。

110416-72 樽見の ホームから みた 大垣 がた 線路
110416-72 樽見の ホームから みた 大垣 がた 線路

レールは 樽見から さらに きたに のびて いきたいかの ようだ。

110416-74 樽見から おくの レール
110416-75 樽見から おくの レール
110416-74,75 樽見から おくの レール

えきまえは きれいに 整備されとる。クルマが ずけずけと のりつけて くる ような かたちじゃ なく、列車を おりた ひとたちを むかえいれて くれる ような やさしさが 配慮されとって うれしい。

110416-70 樽見の ホームから みた うすずみふれあいプラザ
110416-77 樽見 えきまえ ひろば
110416-70,77 樽見 えきまえの うすずみふれあいプラザと ひろば

ここで おりた ひとたちは みんな、まち はずれに ある、根尾谷淡墨ザクラを めざす。写真には うつっとらんけど、そうした ひとたちに やきそばや なんかを うる やたいも でとった。

ところで めに とまったのが、えきまえ ひろばの 一角に ある この 銅像と 碑文だ。

110416-81 樽見駅 宮脇留之助翁 像
110416-81 樽見駅 宮脇留之助翁 像

宮脇留之助翁 顕彰 碑文

氏は 1871年 7月、本巣郡 根尾村 樽見に うまれ、18才の とき 福島県に おもむき 養蚕 技術を 習得し、村民の 指導に あたる。日清、日露 両 戦役にも 従軍し 特務 曹長に 昇進、勲七等に 叙せられる。

一方 当時の 村民 生活の 窮状を 座視できず、根尾の 開発と 発展を 念じ、弱冠 29才で 村会 議員に はつ 当選 以来 6期、また 本巣郡 郡会 議員に はつ 当選 以来 2期に わたり 電信 電話の 開通、道路の 改修、治山 事業などに 尽力する ほか、名木 うすずみざくら (淡墨桜)を 中心に 付近 一帯の 開発を 提唱、その 実現に 努力。

110416-78 樽見駅 宮脇留之助翁 顕彰 碑文
110416-78 樽見駅 宮脇留之助翁 顕彰 碑文

また このかん 国鉄 樽見線 誘致の ため、むら 内外の 有力者と あい 提携し 猛 運動を 展開。ようやく 1922年 4月、大垣 樽見間が 鉄道 布設法に より 布設 予定 鉄道 路線に 認定され、今日の 開通の 基礎を きずく。

これら 公益 事業の ため 全 私財を 投入。貧苦に あえぎながらも 根尾村を こよなく 愛し、発展を 念願しつづけた 氏は 1943年 10月、72才の 生涯を この 地で おえた。ここに 氏の 偉業を ながく 後世に つたえる ため、生前の おもかげを 像に のこして 顕彰する。

1988年 11月 吉日
宮脇留之助翁 顕彰 像 建立 委員会

そっか、この 宮脇留之助さんって ひとの 執念で 樽見まで 鉄道が くる ように なった わけだ。1922年に 認定されてから 1989年に じっさいに 駅が できるまで、じつに 67年も かかった わけだけど、先人の 努力が みのって できた 駅と 鉄道だ。社会 生活の なかに うまく いかして いって ほしいな。

110416-79 うらから みた 樽見駅
110416-79 うらから みた 樽見駅
110416-80 樽見に 停車中の ハイモ330-701
110416-80 樽見に 停車中の ハイモ330-701

ちょこっと だけ ちいさな まちを あるいて、喫茶店で 750円の カツカレーを たべて かえりみちに つく。

まだまだ 列車から ひとが いっぱい おりて くる。

110416-82 TARUMI RAILWAY号から おりて くる ひとたち
110416-83 TARUMI RAILWAYから おりて くる ひとたち
110416-82,83 TARUMI RAILWAY号から おりて くる ひとたち

かえりも 行列 まちで 臨時 快速に のっただけど、定刻の 13分 おくれで 出発した。ほや こんなに ひとが いっぱい のっとや おくれも するわさ。

とうぜんの ように 満員 電車 状態で、こんどは 写真を とる ことさえ できずに 大垣に もどった。

ま、のるのが 1時間 おくれに なっちゃたり、満員 電車 状態で きつかったり、線路が とれんかったりと 不満な ことも あったけど、けっこう たのしい やまがの たびだったよ(^_^)



(データ)

  • 大垣−樽見間 34.5キロ、900円
  • 運転 本数=くだりで 1日 18本
  • 臨時 列車=4月 15日から はつかまでの あいだ、くだりで 1日 6本
  • 4月 16日の 乗車
    • いき=(臨時 快速) 大垣 10:09 → 11:09 樽見
      • 停車 駅=大垣から 織部までの 全駅と 神海、樽見
    • かえり=(臨時 快速) 樽見 12:35 → 13:33 大垣
      • 停車 駅=樽見、神海、織部、本巣、モレラ岐阜、北方真桑、東大垣、大垣

樽見鉄道 路線図 543-622
樽見鉄道 路線図

(さんこう)