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掛川の木造駅舎

むかし掛川城が木造で再建されたってきいて、すぐにみにいった。おしろの再建っていうと、コンクリートでつくるのがあたりまえだった時代にだ。

ところで、おんなじ掛川の駅舎も、1940年に木造でたてられたものを、ほのまま改修をへただけでいまもつかいつづけとるっていう。

掛川の木造駅舎(あさひ)

じつは2008年にJR東海がコンクリートのものにたてかえらあとしただけど、市民の木造駅舎存続運動のおかげで1940年の駅舎がいまにひきつがれとるだっていう。

【あさひのきじから】

(各駅停話)掛川駅 - 市民がまもった木造駅舎|2014年09月17日14時39分
http://digital.asahi.com/sp/articles/ASG8Q6RLBG8QUTIL04P.html

くろびかりするすぎいたでおおわれた三角やねの駅舎は、1940年当時のたたずまいをつたえる。掛川駅きたぐちは、新幹線停車駅では全国ゆいつ、木造の外観をのこしたまま、耐震工事がほどこされた。内装にはまあたらしいひのき材がもちいられ、券売機できっぷをかうあいだにも、すがすがしいかおりがただよってくる。

2008年年、JR東海は駅舎を鉄筋コンクリートっづくりにたてかえる耐震化計画を発表した。だけど、じもとは、掛川城天守閣を全国にさきんじて木造で本格復元するなど「きの文化」にこだわりがふかい土地がら。市民に保存運動がひろがった。

3年后、掛川市JR東海は、木造の外観を維持したまま耐震化をすすめることで合意。追加費用1億1千万円は掛川市の負担になった。市有地売却などで6千万円を工面したうえで、市民から寄付金をつのると、目標をうわまる6,800万円があつまった。

ことし2014年4月の完成式典。キャロライン・ケネディにほん駐在アメリカ大使は、かつてニューヨーク・グランドセントラル駅のとりこわし反対運動にくわわったははのことばをひき「もし過去をかえりみんならば、未来に希望はない」とのメッセージをよせた。「きの文化のまちづくりをすすめる始発駅」。ほれがあらたな駅舎のやくめだ。(細沢礼輝さん)