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西春まちあるき - 2016.10.19

北名古屋市名古屋市との合併にむけていごきだしたってきいて、2016年10月19日、ほのまちなみをみに西春(にしはる)のえきまでいってきた。名鉄名古屋駅から名古屋本線犬山線で9.2キロの里程にあるこのえきが市域の中心にあるえきであり、また、市の代表駅でもある。

2016.10.19 西春まちあるき (11) 喫茶コマツヤのとおり 1080-1920

◇            ◇

午后2時15分、西春のえきにとうちゃく。しんあんじょうから神宮前まで岐阜いき特急、神宮前から東枇杷島まで岩倉いきふつう、東枇杷島から西春までまた岩倉いきふつうと、電車をのりついできた。橋上かいさつをでたとき、いっしゅん、にしぐちにでえかひがしぐちにでえかまよう。北名古屋市の市街地は市域のまんなかを南北にはしる犬山線をさかいに、にしがわが旧西春町(にしはるちょう)、ひがしがわが旧師勝町(しかつちょう)になっとって、どっちをさきにみいかまよっただ。北名古屋市役所が旧西春町やくばにあることと、なにより、えきが西春をなのっとることがきめてで、にしぐちにでることにする。

やねつきのゆったりとした階段をおりてにしぐちにでると、すぐにロータリーがある。ロータリーはちいさなもので、まわりにみせがはりついとって、歩行者があるく部分とクルマがはしる部分との段差もすくなくて、とってもいいかんじだ。

2016.10.19 西春まちあるき (1) 西春にしぐち 1720-1080
(1) 西春にしぐち

まっしょうめんにえきまえどおりがすっきりとのびる。電柱のないひろびろとしたとおりだ。

2016.10.19 西春まちあるき (2) 西春にしぐち=えきまえどおり 1920-1080
(2) 西春にしぐち=えきまえどおり

ふりかえると、橋上駅舎のむこうにがっちりとしたビルがたっとるのがみえる。もとは名鉄系のおおがたこうりてんだったパレマルシェだ。さらにほのむこうにものっぽのビルがふたつたっとって、なんだか都会の光景だ。めのまえのロータリーのまんなかには「祝北名古屋市制施行10周年」のたてかんばんがみえる。旧西春町と旧師勝町が合併して10年がたつだ。

2016.10.19 西春まちあるき (3) 西春にしぐち=ロータリー 1920-1080
(3) 西春にしぐち=ロータリー

えきまえどおりをまっすぐあるく。みぎひだりにはいるみちのせばいこと。地図をみるとみちはきれいに碁盤のめになっとるだけど、区画整理かなんかをやってほうなったわけじゃなくて、もともと碁盤のめになっとったみたいだ。ほんなかで、えきまえどおりだけをこんなにひろくてりっぱなとおりにしただ。いや、ほれにしても、いっぷくすべき喫茶店がみつけれん。ひとどおりもあんまりなくて、このえきまえどおりを中心ににぎわっとるっていうかんじはあんまりない。

喫茶店がみつけれんまま、クルマどおりにつきあたる。ここまできちゃうと、まあ、ぶらぶらあるいとるひとがはいるようなみせは期待できん。あきらめて、市役所にいってみることにする。交差点をみぎにまがってクルマどおりをきたにちょこっといって、ひだりにはいってすぐのとこに市役所をみつける。

おおーっ!りっぱな市役所じゃんか! おくのほうがもともとのたてもんで、てまえがあとでつぎたしたたてもんか。ところで、看板ににし庁舎ってかいてある。旧師勝町がわにひがし庁舎があるのは地図をみてしっとったけど、本庁舎であるべき旧西春町がわのこのたてもんがにし庁舎をなのらにゃいかんとこに、合併自治体のむづかしさをかんじる。ちなみに、ヰキペディアではこのにし庁舎を代表庁舎って表現しとる。なかにはいってみる。やっぱりぴかぴかだ。もともとのたてもんのほうもふくめて、内装もりっぱだし、カウンターや事務づくえなんかもあたらしい。来客用のばしょもじゅうぶんにとってあって、かってにすわれるつくえなんかもある。合併して市になったときに、こういうふうにきれいにしたのかもしれんだけど、そもそもこの地域が裕福なのかもしれんね。みちばたの銅像は「ながく町長としてつとめ、西春町のいしずえをきずいた」っていう天野源一っていうひとだった。

2016.10.19 西春まちあるき (4) 北名古屋市役所にし庁舎(代表庁舎)800-450
(4) 北名古屋市役所にし庁舎(代表庁舎)

さて、用もない市役所にいつまでおるわけにもいかず、ひがしのほうにひきかえすことにする。えきまえどおりよりきたの東西のとおりで、あんまりみちはばはひろくないけど、けっこうクルマがいきかい、ほのたびに歩行者はみちばたにクルマをよけるってかんじのとおりだ。みせがぽつぽつあったり、ちりんちりんとベルをならして自転車がいきかったり、なんか昭和なかんじがわるくない。ほいから、えきまえどおりでもほだったけどこっちのとおりも、みぎひだりにはいるみちはやっぱりせばい。みちなんかやたらひろくたって、クルマがわがものがおではしるだけだで、これぐらいせばいほうがひとにはやさしくていいのかもしれんね。

しばらくいって、みぎにはいるみちのおくにやっと喫茶店を発見するも、やっとるのかやっとらんのかわからんようなかんじもあって、みおくり。ほのままふみきりとなり、岩倉いきふつうをみおくって線路のひがしがわにいく。旧師勝町のほうだ。

2016.10.19 西春まちあるき (5) 西春きたふみきり - 岩倉いきふつう 2016.10.19 西春まちあるき (6) 西春きたふみきり - 岩倉いきふつう
(5) 西春きたふみきり - 岩倉いきふつう (6)

ふみきりをわたったみぎて、おおきな一角にどかんと駐車場ビルがたつ。こいつをみぎまわりにまわりこんでいくと、みなみにパレマルシェのでっかいたてものがつづき、みちのはんたいがわに三菱東京UFJ銀行師勝ビルっていうでっかいビルがそびえる。このビルはきゃくあつかいをする店舗じゃなくて事務所ビルだっただけど、ちょうど休憩時間だったでか、または、はやがえりのひとがかえる時間だったでか、いっぱいひとがでてくる。

パレマルシェをみなみにまわりこんだとこで、西春のえきのひがしぐちがあらわれる。ロータリーはにしぐちのロータリーよりおおきく、クルマもおおい。橋上駅舎からおりてくる階段は、まっすぐにパレマルシェのほうにむかうのと、線路ぞいをみなみのほうにむかうののふたつある。ロータリー自体はおおきいだけど、パレマルシェをべつにしてこのまわりにあんまりみせはない。名古屋空港と連絡するバスもこっちからでるだけど、やっぱりにしぐちがえきの正面で、こっちのひがしぐちはえきうらになるだ。

2016.10.19 西春まちあるき (7) 西春ひがしぐち 1920-800
2016.10.19 西春まちあるき (9) 西春ひがしぐち 1920-1080
(7) 西春ひがしぐち (9)

名古屋空港と連絡するバスは1時間に2本とあんまりおおくない。

2016.10.19 西春まちあるき (8) 西春ひがしぐち=バスのりば 1080-1920
(8) 西春ひがしぐち=バスのりば

こんどは、ひがしぐちからUFJビルのひがしにまわってみる。みせがないことはないだけど、ぱらぱらだ。地図をみてみるとわかるだけど、旧師勝町やくばだった北名古屋市役所ひがし庁舎はこっからかなりはなれたとこにあって、旧師勝町にとってこの西春のえきのへんは「まちのはずれ」だったのかもしれん。

まあいっかいにしぐちにもどるべく東岡崎いきふつうをみおくって、線路のにしがわにいく。

2016.10.19 西春まちあるき (10) 西春きたふみきり - 東岡崎いきふつう
(10) 西春きたふみきり - 東岡崎いきふつう

けっきょく喫茶店がみつけれんままここまできとって、いきにとおりからみなみにはいったとこにみつけた喫茶店にはいって、いっぷく。コマツヤっていうみせだった。しっかりくつろいでそとにでると、このこみちにも、けっこうみせがようけあるじゃんか。昭和なかんじがわるくない。ほのままみなみにあるいてすぐに西春のえきにでる。みじかいまちあるきをおえ、かえりの電車にのった。

2016.10.19 西春まちあるき (12) 喫茶コマツヤのとおり 1080-760
(12) 喫茶コマツヤのとおり

◇            ◇

(さんこう)

*1:1905年

*2:1906年7月16日、この九之坪村と上拾箇村、下拾箇村が合併して西春村ができる

*3:1989年