岩村電気軌道を発見したこと、明知鉄道にのったこと、大井宿にいってきたことは、まあはいブログ記事にしたとこだけど、大井のたびにまつわるさいごブログ記事として、こんかい大井までの道中を以下に紹介する。
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いき
古井7時22分の岐阜いきふつうにのる。とびら付近にとどまるひとたちにはばまれて、なかにはいっていけず。いたずらにぎゅうづめをしいられたまま、電車はすすむ。しんあんじょうですいて、ひといき。名古屋方面へはこのままのっていくのが最速なだけど、東岡崎、豊橋方面にのりかえるひとも一定数おるだ。牛田に停車。けっこういっぱいのってくる。知立でホームにおりて、つぎの岐阜いき快速特急にのりかえ。いや、ほれにしても、知立のこの4、5番ホームのごったがえしとること。おりたのは5番のりばなだけど、三河線の刈谷方面のりばである4番のりばで電車をまっとるひとの列が、5番のりばのほうまでおしだしてきちゃっとるだ。
さて、岐阜いき特急は最后尾の特別車にのる。特別車の乗車券をかうまはなく、のってから車掌さんからかう。名鉄では新可児までいく予定で、ほっからJRにのりかえて太多線で多治見まで、中央線にのりかえて恵那までいって、大井にいくつもりだった。特別車の乗車券は犬山までほしかっただけど、ほいつはあらためてかわにゃいかんとのことで、かえたのは金山までの分。ふまんげなかおをすると、まどぐちでなら1乗車の料金で特別車2乗車分をかえるっていう説明。予定をかえて、金山でJRにのるかえることに。
金山は名鉄からJRへののりかえかいさつぐちをとおって、中央線にのりかえ。べんりなもんだ。じきにやってきた8時6分の中津川いき快速にのる。車両は10両編成。ふだんのる名鉄や東海道線は最大でも8両編成であり、非日常の世界にはいったことを実感する。先頭はクモハ211-5047。さいしょは満員だったけど、つぎの鶴舞でずこってすく。
千種でまたちょっとふえて、大曽根でいっきにへって、乗客はベンチシートに半分以下となる。
愛知県さいごの停車駅、高蔵寺でまた乗客はへる。運転席と中央とびらうしろのブラインドがおろされる。
電車は山間区間、かわぞいをはしる。
ながーいトンネルをぬけて、すぐにえき。でる直前にはんたい電車とすれちがい。
またトンネル。電車はトンネルのなかもけっこうないきおいではしる。
トンネルがおわるって、じきに多治見となる。岐阜県さいしょの停車駅だ。ブラインドはおりたまま。
電車は新緑のなかをいく。
また、トンネルをぬけて、土岐市にとうちゃく。ブラインドはあがった。ブラインドは、高蔵寺から土岐市までトンネル区間がおおかったがための措置か。
ちょっと土地がひらけてきた。
瑞浪でだーいぶおりた。1両め、3人しかのっとやへん。
かわぞいにひらけた土地をいく。
電車は110キロですすむ。
釜戸にとうちゃく。ひなびたえきだ。
みぎはやま。ひだりは、かわとのあいだのせばいとこにたんぼ。かわは土岐川っていうかわで、勝川のへんからずーっと中央線と平行してきとる。愛知県内は庄内川だった。庄内川と土岐川っておんなじかわなだ。
左右に人家。やまざとだ。
武並にとうちゃく。さらにひなびたえきだ。
ながーいトンネルをぬける。前方の盆地にまちがいっぱいひろがっとる。大井のまちだ。庄内川、土岐川水系がおわって、木曽川水系にはいった。
盆地のそこまでくだって、恵那にとうちゃく。金山からここ恵那まで65.0km、58分、67.2km/h、1,140円。
のってきたながーい電車をみおくる。211系だっておもっとった10両編成の電車も、3両編成か4両編成の電車を3連結した電車であり、さいごの1編成は313系3両編成だった。どっかで短編成にしてもよかったじゃないか。
ホームのいちばんうしろにあるこせんきょうまであるくあいだに、明知鉄道のかいさつぐちをみる。ここにとうちゃくする1分まえに列車はでてっちゃったとこだ。
JRのかいさつぐちをみる。
こせんきょうをわたってかいさつぐちがわのホームにおりて、いま電車をおりたホームのほうをみると、むこうにやまやまがみえる。たびにきたーっ!ってかんじだ。
駅舎でぐちのひだりてにまちあいしつがあって、いすになんにんかすわっとる。やっぱりえきにまちあいしつは必要だよ。
犬山、新可児まわりをやめて時間に余裕ができたため、大井のまちをあるくまえに明知鉄道にのることに。1時間ほどあるまち時間、えきまえどおりをちょこっとだけあるいて、喫茶店でいっぷく。
かえり
明知鉄道に新緑をたのしみ、大井宿にむかしをしのび、また恵那のかいさつをはいる。やってきたのはみなれた313系の名古屋いき快速。非日常はおわり日常にもどる。
金山でJRから名鉄にのりかえ。豊橋いき特急、西尾いきふつうとのりついで、わがやにもどる。
(77) 金山 - 豊橋いき特急(まえ6両のパノラマスーパー)、(78) (うしろ2両の1800系)
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- 乗車記録 - 2017.5.19、きんようび、平日
- いき
- かえり
- いき
(さんこう)
- 大井と岩村をむすぶ鉄道 - あきひこゆめてつどう|2017/05/22
- 明知鉄道のふうけい - 2017年5月19日 - あきひこゆめてつどう|2017/05/21
- 大井宿 - あきひこゆめてつどう|2017/05/20
- きのう2017年5月19日、大井宿(おおいじゅく)にいってきた。大井のまちのもとになったのが大井宿で、大井のまちがいまの恵那市の中心部だ。いや、郡名を冠した恵那市なんていうなまえじゃなくて、ほんとなら大井市ってなのるべきだったっておもう。太田宿と美濃加茂市の関係もおんなじだ。
- 江戸時代、中山道のとちゅうで名古屋方面にえだわかれする下街道(したかいどう)っていう街道があっただけど、江戸のほうからきて、この大井宿をすぎたとこにほの分岐点があったっていう地理的条件から、大井宿はおおいにさかえたっていう。未成線におわったけど、明治になって掛川-天竜二俣-大井っていう路線が計画されるほど、大井のまちにはいきおいがあっただ。
- きにはなっておりながら、これまで中央線から明知鉄道にのりかえるときに恵那駅をつかうだけだった大井のまちについて、こんかい大井宿を中心にみてきたってわけだけど、ほのようすを以下に紹介する。
- 恵那のえき - おぼえがき|2017/07/15 〔ついか〕