女子大小路からみなみえ - 2019年3月いつか

2019.3.5 13:20 女子大小路 - 名古屋牛乳のみせ 1850-1040

名古屋の有名な歓楽街だけどいったことのなかった女子大小路にいってきた。いったっていってもひるまのことで、ぶらーってあるいて、とちゅうでひるごはんをたべてかえってきた。2019年3月いつかのこと。

◇            ◇

地下鉄を栄(さかえ)のえきでおりて、東南方向にあるく。女子大小路っていわれる一帯だ。うまれてはじめてあしをふみいれるだけど、めざすは継手(つぎて)っていう食堂。池田公園のみなみにあるっていう情報だけがたよりだ。池田公園ってのはあたまんなかの地図にあって、てきとうにあるいていったとこで発見。まわりをぐるーってたかいビルにかこまれた1ブロックがまるごと公園になっとって、いかにも都会のなかの公園っていうおもむきだ。ニューヨークっぽくもある。いや、いったことないけどね。歓楽街があったのは池田公園までみたいで、ほっからみなみはふつうのビル街ってかんじになる。

2019.3.5 12:26 継手 - カツカレーの前菜 860-450 2019.3.5 1234 継手 - カツカレー 1630-1080

池田公園からすぐみなみにあっけなく継手を発見。いや、じつにめだたん外観で、とびこみではいるひとはすくないかもしれん。みせんなかも豪華じゃないけど、こじゃれたかんじ。予定どおりカツカレーを注文。前菜にスープとサラダもついてくるっていう本格的なもんで、主菜のカツカレーのほうも、きいろいごはんにじゃがいもやきのこ、やさいがのったしゃれたもんだった。いわゆる、わかいおんなのひとごのみのみせで、わかいおんなのひとごのみの料理なだけど、このときはわかいおんなのひとをみかけんくて、ちょっとかたすかしだった。

2019.3.5 13:20 女子大小路 - 名古屋牛乳のみせ 1850-1040

継手からみなみへぶらぶらあるいたとこで、名古屋牛乳のみせを発見。いや~、名古屋牛乳のんでるの♪っていうあの宣伝、なつかしいな~。このみせのたたずまいともあいまって、いっきになつかしさがおそってくる。
〔名古屋牛乳の宣伝のユーチューブ〕

2019.3.5 13:22 女子大小路 - 台湾料理店と韓国いざかや 1870-1080

東西の錦どおりと南北の久屋おおどおりがまじわるとこに栄のえきはあるだけど、また、久屋おおどおりのほうにもどるべくてきとうなとこで右折してにしにちょこっといったとこで、台湾料理店と韓国いざかやが同居するビルを発見。この混沌(こんとん)っていうかんじも都会的ですきだ。

また、すすんでいったとこでは、ファッション雑誌からとびだしてきたようないかしたおねえちゃんを、くろいいたべいのうちのまえにたたせて、わかいおにいちゃんが写真さつえいしとる。 また、服やさんのまえで店主さんがスケートボードであそんどる。都会っておもしろい。

2019.3.5 13:43 名鉄バスセンターいきバス - 堀川をわたる 1830-1030

女子大小路のみじかいまちあるきをおえて、矢場町(やばちょう)から名駅にもどるバスの車窓に堀川をみる。運河と都会。これもいい光景だ。


(さんこう)

中濃(ちゅうのう)

中濃(ちゅうのう)ってってもソースのことじゃない。美濃のくにの中央部をさす地域名だ。西濃(せいのう)とか東濃(とうのう)ってのはようみみにする。大垣市を中心とした地域が西濃で、中央線ぞいに多治見市から中津川市までの5市がならぶのが東濃ってわけだけど、中濃ってのはいまいちつかみにくい。ところで2019年2月じゅうよっかの中日新聞に「みどころ満載!岐阜近郊・中濃の観光と産業」って題で、つぎのとおり中濃の地図がのっとった。この地図をみながら中濃に属する市町村について、岐阜市からのびる鉄道路線との位置関係でみてみる。

2019.2.14 中濃の地図(ちゅうにち) 1790-1720
△ 2019.2.14 中濃の地図(ちゅうにち)

まんなか はもちろん、美濃のくにと飛騨のくにをあわせた岐阜県県都である岐阜市(ぎふし)だ。名鉄名古屋本線最北端に位置する名鉄岐阜駅があって、東海道線の中間駅であり高山線が分岐する岐阜駅がある。

みなみ名鉄名古屋本線ぞいに岐南町(ぎなんちょう)笠松町(かさまつちょう)があって、さらに笠松駅から分岐する竹鼻線(たけはなせん)・羽島線をとおって羽島市(はしまし)にいたって、終点の新羽島駅東海道新幹線岐阜羽島駅と連絡する。

にし東海道線ぞいに瑞穂市(みずほし)がある。えきのなまえは穂積駅(ほづみえき)なのに、市のなまえはさかさまになる。ほれと、岐阜市内どまりではあるけど、岐阜市中心部から旧名鉄鏡島線(かがしません)がにしにのびとった。

西北方向 には旧名鉄揖斐線がのびとって、北方町(きたがたまち)にいけた。いまは大垣市が起点の樽見鉄道(たるみてつどう)が中濃の区域のにしのふちを南北にはしっとって、瑞穂市の一部をかすめて、北方町からほんのちょこっとにしにはずれたとこをとおって、本巣市(もとすし)にいける。市役所のもよりの本巣駅をとおって、おんなじ本巣市内になる終点の樽見駅までいっとるだけど、福井県大野市越美北線(えつみほくせん)越前大野駅まで延伸したいとこだ。

きた は旧名鉄高富線(たかとみせん)が山県市(やまがたし)のいりぐちまでのびとった。正確にいうと山県市の直前までではある。

東北方向 には長良川(ながらがわ)ぞいにはしっとった旧名鉄美濃町線(みのまちせん)ぞいに関市(せきし)から美濃市(みのし)までいけた。いまは、いったんひがしに高山線美濃太田駅(みのおおたえき)までいって、ほっから長良川鉄道にのりかえて、まずは西北方向にもどるかたちでとちゅう富加町(とみかちょう)をとおって関市にいって、ほっからきたに美濃市までいって、さらに郡上市(ぐじょうし)までいける。関市ははもののまち、美濃市は和紙のまち、郡上市はおどりのまちだ。長良川鉄道郡上市内、市役所もよりの郡上八幡駅(ぐじょうはちまんえき)から終点の北濃駅(ほくのうえき)までいっとるだけど、福井県大野市越美北線(えつみほくせん)九頭竜湖駅(くずりゅうこえき)まで延伸したいとこだ。さらには高山線高山駅まで、あるいは富山県砺波市(となみし)の城端線(じょうはなせん)城端駅まで延伸したい。

ひがし はまず、平行する名鉄各務原線(かかみがはらせん)と高山線にそって各務原市(かかみがはらし)がある。ながったらしくて、「かがみはらし」ってつめていうこともある。名鉄各務原線各務原市内のひがしはしの新鵜沼駅(しんうぬまえき)からみなみ愛知県にはいっていっちゃうだけど、高山線はさらに鵜沼駅(うぬまえき)から東東北方向にのびて、坂祝町(さかほぎちょう)美濃太田駅を代表駅とする美濃加茂市(みのかもし)川辺町(かわべちょう)七宗町(ひちそうちょう)白川町(しらかわちょう)ってとおっていって、ほのさき飛騨のくににはいって高山駅をとおって、さらに富山県富山の北陸新幹線富山駅までいく。以上のほかに、高山線を川辺町からひがしにはずれて八百津町(やおつちょう)と、おなじく高山線を白川町からひがしにおおきくはずれて東白川村(ひがししらかわむら)があるだけど、八百津町のほうは、名古屋を起点とする名鉄犬山線から名鉄広見線(ひろみせん)、名鉄八百津線(やおつせん)ってつながって終点の八百津駅まで、高山線とはちがう経路で鉄道がとおっとった。
ちなみに、「合掌づくりの白川郷」が白川町や東白川村にあるのかってかんちがいしそうだけど、ほじゃなくて飛騨のくには富山県と県ざかいを接する白川村(しらかわむら)にある。まぎらわしいことだ。

可児市御嵩町
以上、20の自治体についてみてきただけど、じつは可児市(かにし)と御嵩町(みたけちょう)も行政区分として中濃の地域にふくまれる。中日新聞の判断でこの地図にはいってないだけど、このふたつの自治体についてもみとく。名古屋を起点とする名鉄犬山線からつながる名鉄広見線(ひろみせん)にそって、可児市御嵩町はある。名鉄広見線が反転分岐するとこが新可児駅で、終点が御嵩駅になる。また、可児市美濃加茂市美濃太田駅から東南方向に分岐して東濃の多治見駅につながる太多線(たいたせん)もとおっとって、名鉄新可児駅のとなりに太多線可児駅がある。

2019.2.14 中濃の観光と産業(ちゅうにち) 2350-1760
△ 2019.2.14 中濃の観光と産業(ちゅうにち)


(さんこう)

秘境、温泉、うまい! - 樽見鉄道ひとりたび

2019.3.1 (113) 樽見 - 大垣いきふつう 2000-1500

2019年3月ついたち、樽見鉄道(たるみてつどう)ひとりたびをしてきた。終点の樽見までいったのは8年ぶり2回めのことになるだけど、こんかいは、樽見からあしをのばして温泉につかったり、かえりに谷汲口(たにぐみぐち)でとちゅう下車して観光したりして、たのしんできた。ほいからこれがいちばんだいじなとこなだけど、ぜんかいはうすずみざくら見物の乗客で列車が大混雑になっちゃってしっかりたしかめることのできんかった、神海(こうみ)から樽見までの秘境区間に布設されとる新世代の線路のすばらしさもぞんぶんにあじわうことができた。

【きたいき】
東海道線) → 大垣 → (樽見鉄道) → 神海 → (樽見鉄道) → 樽見 → 〔うすずみ温泉
【みなみいき】
樽見 → (樽見鉄道) → 谷汲口 → 〔ひるごはん旧名鉄谷汲駅華厳寺〕 → 谷汲口 → (樽見鉄道

◇            ◇

きたいき

名古屋からのった東海道線大垣いき特別快速で岐阜平野をにしにすすむ。岐阜平野は濃尾平野(のうびへいや)のうちの木曽川よりもきたがわ、あるいはにしがわの部分だ。

2019.3.1 (1) 大垣いき特別快速 - 揖斐川鉄橋 2000-1500

揖斐川(いびがわ)鉄橋をわたって、県都、岐阜を中心とする中濃(ちゅうのう)の区域から大垣を中心とする西濃(せいのう)の区域にうつる。

2019.3.1 (3) 大垣いき特別快速 - 揖斐川鉄橋 1200-900 2019.3.1 (2) 大垣いき特別快速 - 揖斐川鉄橋 1600-1200

東海道線のみどりいろの鉄橋のすぐみぎどなりにちゃいろい歩行者、自転車用のはしがあって、ほのむこうには樽見鉄道のみどりいろの鉄橋がみえる。どれも風格のあるトラス橋だ。しらべると、いま歩行者、自転車用のはしとしてつかわれとるはしが初代の東海道線揖斐川鉄橋で、いまの東海道線揖斐川鉄橋は3代めになるだげな。ほいから樽見鉄道揖斐川鉄橋は、御殿場線(ごてんばせん)でつかわれとったいつつの鉄橋を移設してつくったもんだっていう。ほー。

2019.3.1 (4) 大垣いき特別快速 - 大垣てまえ 1800-1350

揖斐川鉄橋をわたりおえると、みぎから樽見鉄道の単線が合流してくる。

2019.3.1 (5) 大垣いき特別快速 - 大垣 2000-1500

まあちょっとすすんで、電車は大垣のだだっぴろい構内にはいっていく。

2019.3.1 (6) 大垣いき特別快速 - 大垣 2000-1500

転線、転線して、わが大垣いき特別快速は、対面に樽見鉄道の単行気動車のとまるいちばんみぎのしましきホームのひだりがわにはいっていく。5番のりばだ。

2019.3.1 (7) 大垣いき特別快速 - 大垣 1980-1500

電車は、ホームにまっとるひとたちのまえをずーっととおっていって、やっととまる。8時25分。

2019.3.1 (11) 大垣 - 大府いき快速 1580-1180

ここまでのってきた電車は、5番のりばにとまった状態でほのままおりかえし大府いき快速にかわって、ホームにまっとったひとたちがのりこんでいく。

このホームにある樽見鉄道のきっぷうりばで1日のりほうだいきっぷをかって、いったん橋上かいさつをでる。1日のりほうだいきっぷは通常2,000円のもんが特別企画ってことで1,000円になっとった。

えきまえの喫茶店でいっぷくして、また、かいさつをはいる。

2019.3.1 (12) 大垣 - 樽見いきふつう 2000-1500
2019.3.1 (13) 樽見いきふつう - 大垣 2000-1500 2019.3.1 (14) 樽見いきふつう - 大垣 1000-750

5番のりばとおんなじホームのはんたいがわ、6番のりばにまあはいとまっとった樽見いきの単行気動車にのりこむ。外見はしろっぽい車体にあっかいいろどりのはいった塗装のOCNet号で、座席配置はボックスシートのワンマン列車だ。車両番号はハイモ295-617。廃止になった三木鉄道(みきてつどう)からゆずりわたされたもんで、ここ樽見鉄道で第二の人生をあゆんどるだ。

2019.3.1 (15) 樽見いきふつう - 大垣しゅっぱつ 2000-1500

9時11分、大垣をしゅっぱつ。のっとるのは17人。

2019.3.1 (16) 樽見いきふつう - 大垣しゅっぱつ 1990-1500

まんだホームのよこをはしっとるうちに、后方から同時しゅっぱつした豊橋いき新快速においぬかれる。

2019.3.1 (17) 樽見いきふつう - 大垣しゅっぱつ 2000-1500

新快速に大差をつけられたわが単行気動車は、きのまくらぎの線路をがたごと、がたごとはしっていく。

2019.3.1 (18) 樽見いきふつう - 大垣東大垣間 1600-1200

ひだりに平行しとった側線がつきる。

2019.3.1 (19) 樽見いきふつう - 大垣東大垣間 1600-1200

東海道線電車とすれちがい。

2019.3.1 (20) 樽見いきふつう - 大垣東大垣間 1370-1050

ゆるくひだりにまがって、東海道線とわかれる。

2019.3.1 (21) 樽見いきふつう - 東大垣 2000-1500
2019.3.1 (22) 樽見いきふつう - 東大垣 2000-1500

しましきホームの東大垣(ひがしおおがき)に停車。ひだりに側線もある。ここでひとりおりる。

2019.3.1 (23) 樽見いきふつう - 東大垣横屋間 1800-1350

揖斐川の堤防にむかってさかみちをかけあがっていく。

2019.3.1 (24) 樽見いきふつう - 揖斐川鉄橋 2000-1500

揖斐川鉄橋をわたる。

2019.3.1 (25) 樽見いきふつう - 揖斐川鉄橋 1600-1200

すぐしもにさっきわたってきた東海道線の鉄橋がみえる。てまえとなりあわせに歩行者、自転車用のはし。

2019.3.1 (26) 樽見いきふつう - 東大垣横屋間 1600-1200

ひがしにわたったとこで、みぎ、岐阜平野のむこうに金華山。また、東濃にもどった。

2019.3.1 (27) 樽見いきふつう - 横屋 1800-1350

ひだり曲線のあと、列車の進行方向がひがしむきからきたむきにかわって、ひだりかためんホームの横屋(よこや)に停車。ここで3人のってくる。まわりは住宅街。まくらぎはきのまくらぎがつづく。

2019.3.1 (28) 樽見いきふつう - 横屋十九条間 1800-1350
2019.3.1 (29) 樽見いきふつう - 横屋十九条間 1200-900

犀川っていうちいさなかわをわたる。

2019.3.1 (30) 樽見いきふつう - 十九条 2000-1500

ひだりかためんホームの十九条(じゅうくじょう)に停車。ゴルフバッグをかかえたおじさんをふくめて、ここでまた3人のってくる。十九条ってたいそうななまえだけど、古代条里制の記憶がいまにのこっとるもんか。

2019.3.1 (31) 樽見いきふつう - 横屋十九条美江寺間 2000-1500

左右にかきばたけがひろがるなか、列車はすすむ。ほしがきが好物だったっていう秀吉も、このあたりのかきをたべたのかもしれん。

2019.3.1 (32) 樽見いきふつう - 美江寺 1800-1350

ひだりかためんホームの美江寺(みえじ)に停車。ここでおばさんがふたりのってくる。ぞんがいにちょこちょこのってくるもんだ。このへんで中山道が東西によこぎっとるはずで、まんだおとずれたことのない美江寺宿がある。

2019.3.1 (33) 樽見いきふつう - 美江寺北方真桑間 1800-1350

ひきつづき左右にかきばたけがあって、また、工場やたんぼもある。

2019.3.1 (34) 樽見いきふつう - 美江寺北方真桑間 2000-1500
2019.3.1 (35) 樽見いきふつう - 美江寺北方真桑間 2000-1500

さて、線路がみぎにうかいしとるとこをとおる。ここだけまくらぎがコンクリートまくらぎになっとるだけど、列車はひだりの高架工事げんばをみながらのろのろはしる。線路を東西によこぎる道路交通の要請で線路がうえにあがるにちがいない。

2019.3.1 (36) 樽見いきふつう - 美江寺北方真桑間 1200-900

たんぼをへだててみぎがわに北方(きたがた)のまちがみえてくる。なかにアピタもみえる。北方は、1914年っていうむかしに岐阜から西北方向の郊外線として名鉄揖斐線(いびせん)が一部開業したときの終点で、中濃のひとつの中核的なまちであり、いまもバス路線で岐阜と密につながる。

2019.3.1 (37) 樽見いきふつう - 美江寺北方真桑間 2000-1500

列車は北方のまちのにしのはずれにはいっていく。

2019.3.1 (38) 樽見いきふつう - 北方真桑 2000-1500
2019.3.1 (39) 樽見いきふつう - 北方真桑 2000-1500
2019.3.1 (40) 樽見いきふつう - 北方真桑 1000-750

しましきホームみぎがわにいきちがいのはんたい列車がまつ北方真桑(きたがたまくわ)に停車。ひだりに側線もある。はんたい列車はあざやかなうすみどりいろ。ここで6人おりて、この列車がつくのをまっとったわかいおかあさんとちいさなおんなのこのふたりがのってくる。

2019.3.1 (41) 樽見いきふつう - 北方真桑モレラ岐阜間 1800-1350

列車はやまにむかってすすむ。ごくごくまれにコンクリートまくらぎのとこがあらわれる。

2019.3.1 (42) 樽見いきふつう - モレラ岐阜 1800-1350

みぎかためんホームのモレラ岐阜に停車。こんなたんぼんなかのえきなのに、12人ものってきて、7人おりる。ちょっとひがしに駅名のおおがた商業施設があって、この樽見鉄道かいもんきゃくの交通手段になっとるだ。乗客24人となって発車。

2019.3.1 (43) 樽見いきふつう - モレラ岐阜糸貫間 1800-1350

また、左右にたんぼ。

2019.3.1 (44) 樽見いきふつう - 糸貫 2000-1500

ひだりかためんホームの糸貫(いとぬき)に停車。のりおりなし。

2019.3.1 (45) 樽見いきふつう - 糸貫本巣間 1800-1350

左右にたんぼやかきばたけ。ずーっとむこうのひだりのやますそにセメント採掘場をかくにん。いまは貨車のすがたさえみえんけど、むかしは鉄道によるセメント輸送がさかんだったみたいだ。まくらぎはずーっときのまくらぎで、列車は左右にがたごとゆれながらすすむ。

2019.3.1 (46) 樽見いきふつう - 糸貫本巣間 1800-1350

また、まちにはいっていく。

2019.3.1 (47) 樽見いきふつう - 本巣 2000-1500
2019.3.1 (48) 樽見いきふつう - 本巣 2000-1500

しましきホームみぎがわにいきちがいのはんたい列車がまつ本巣(もとす)に停車。はんたい列車はあざやかなみずいろ。ここが樽見鉄道の本社があるえきで、みぎに車両基地があって、ひだりに側線も3本ある。ほれと、本巣(もとす)市役所のもよりえきでもある。ここでふたりおりて、よにんのってくる。2分停車。

2019.3.1 (49) 樽見いきふつう - 本巣 1600-1200
2019.3.1 (50) 樽見いきふつう - 本巣しゅっぱつ 2000-1500

きいろ、だいだいいろ、みずいろの3色にぬりわけられた留置車両をみぎにみながら、このだだっぴろい構内をしゅっぱつ。のっとるのは23人。

2019.3.1 (51) 樽見いきふつう - 本巣織部間 1800-1350

やまにむかってきたにすすむ。

2019.3.1 (52) 樽見いきふつう - 本巣織部間(自転車) 1600-1200
2019.3.1 (53) 樽見いきふつう - 織部 2000-1500

みぎたんぼんなかに自転車をとめてスマホをいじっとるわかもんをみて、すぐにみぎかためんホームの織部(おりべ)に停車。みぎに平行する国道157号線とのあいだに「みちのえき織部のさともとす」があるだけど、鉄道利用でいけるような立地であり、好感がもてる。

2019.3.1 (54) 樽見いきふつう - 織部木知原間 1600-1200
2019.3.1 (55) 樽見いきふつう - 織部木知原間(トンネル) 1600-1200

ますますやまにちかづいて、ついにトンネルをくぐる。みじかいトンネルだけど、はじめてのトンネルだ。濃尾平野の一部である岐阜平野はつきた。

2019.3.1 (56) 樽見いきふつう - 織部木知原間 1590-1200
2019.3.1 (57) 樽見いきふつう - 織部木知原間 1600-1200

トンネルをぬけて、ひだりにかわがあらわれてくる。根尾川(ねおがわ)だ。揖斐川からみぎに分岐した根尾川がここにきて線路のとなりにきただ。

2019.3.1 (58) 樽見いきふつう - 織部木知原間(トンネル) 2000-1500

また、みじかいトンネルをくぐる。

2019.3.1 (59) 樽見いきふつう - 織部木知原間 1600-1200

また、ひだりに根尾川がおおきくひろがる。

2019.3.1 (60) 樽見いきふつう - 木知原 2000-1500

みぎかためんホームの木知原(こちぼら)に停車。ゴルフバッグをかかえて十九条からのったおじさんと、ほかにおばさんひとりの、あわせてふたりがここでふたりおりる。えきのすぐみぎに国道157号線

2019.3.1 (61) 樽見いきふつう - 木知原谷汲口間 1600-1200

きたにすすむ。線路のすぐみぎに国道157号線が平行。ひだりにたんぼをへだてて根尾川がながれる。

2019.3.1 (62) 樽見いきふつう - 第1根尾川鉄橋 1910-1500
2019.3.1 (63) 樽見いきふつう - 第1根尾川鉄橋 1200-900

第1根尾川鉄橋をわたる。はじめて根尾川の西岸にわたった。西濃に属する揖斐川町(いびがわちょう)の区域のいちばんひがしのはずれになる。

2019.3.1 (64) 樽見いきふつう - 谷汲口 2000-1500
2019.3.1 (65) 樽見いきふつう - 谷汲口 2000-1500

ひだりかためんホームの谷汲口(たにぐみぐち)に停車。ホームに女子たびのふたりがおって、ひとりが筆者ののる列車をさつえい。じつにうれしそう。ここでふたりおりて、女子たびのふたりがほのままのってくる。

2019.3.1 (66) 樽見いきふつう - 谷汲口神海間 1600-1200
2019.3.1 (67) 樽見いきふつう - 谷汲口神海間 1800-1350

きのまくらぎの線路を、やまにむかって、がたごと、がたごとはしっていく。

2019.3.1 (68) 樽見いきふつう - 谷汲口神海間 2000-1500
2019.3.1 (69) 樽見いきふつう - 谷汲口神海間 1200-900

ガーダー橋をわたって、また、根尾川東岸の中濃の区域にもどる。

2019.3.1 (70) 樽見いきふつう - 谷汲口神海間 2000-1500

左右にたんぼをみて、平地をすすむ。

2019.3.1 (71) 樽見いきふつう - 神海てまえ 2000-1500
2019.3.1 (72) 樽見いきふつう - 神海 1200-900

左右にこだちのあるとこをぬけて、しましきホームの神海(こうみ)に停車。ながらく終点だったえきだ。国鉄当時の1956年に大垣から谷汲口まで開業して、1958年に神海まで延伸開業した。神海からさき、現在の終点の樽見まで延伸開業したのは、三セク転換したあとの1989年っていうあたらしい時代のことになる。神海までの開業が筆者がうまれたころのことで、樽見までの延伸開業が筆者の末子がうまれたころのことになる。おやこの年代差があるってわけだ。

2019.3.1 (73) 樽見いきふつう - 神海しゅっぱつ 2000-1500
2019.3.1 (74) 樽見いきふつう - 神海しゅっぱつ 2000-1500
2019.3.1 (75) 樽見いきふつう - 神海高科間 2000-1500

神海をしゅっぱつ。えきをでるとすぐにまくらぎがコンクリートまくらぎにかわって、列車はみちがえるようになめらかにはしる。新世代の線路だ。

2019.3.1 (76) 樽見いきふつう - 神海高科間 1800-1350
2019.3.1 (77) 樽見いきふつう - 神海高科間 1600-1200

ガーダー橋をわたって、また、中濃から西濃にはいる。

2019.3.1 (78) 樽見いきふつう - 高科てまえ 1800-1350
2019.3.1 (79) 樽見いきふつう - 高科 2000-1500

のぼり勾配をぐいーんってひだりにまがりながらのぼって、ひだりかためんホームの高科(たかしな)に停車。のりおりなし。まわりはたんぼ。

2019.3.1 (80) 樽見いきふつう - 第4根尾川鉄橋 2000-1500
2019.3.1 (81) 樽見いきふつう - 第4根尾川鉄橋 1600-1200

第4根尾川鉄橋をわたって、西濃から中濃にはいる。根尾川の東岸だ。

2019.3.1 (82) 樽見いきふつう - 鍋原(なべら) 2000-1500

左右、コンクリート擁壁(ようへき)のきりとおしのなか、みぎかためんホームの鍋原(なべら)に停車。秘境駅のおもむきだ。

2019.3.1 (83) 樽見いきふつう - 鍋原日当間 2000-1500
2019.3.1 (84) 樽見いきふつう - 鍋原日当間 1200-900

ガーダー橋をわたって、根尾川の西岸にいく。鉄橋部分のまくらぎは、きのまくらぎでもコンクリートまくらぎでもない、スラブ軌道ってやつだ。コンクリートのいたのうえにレールがひいてあって、レールのくるいが発生しにくいらしい。列車もきもちよくすすんでいく。

2019.3.1 (85) 樽見いきふつう - 鍋原日当間(トンネル) 1600-1200

すぐにトンネルをくぐる。

2019.3.1 (86) 樽見いきふつう - 第6根尾川鉄橋 2000-1500
2019.3.1 (87) 樽見いきふつう - 第6根尾川鉄橋 1600-1200

第6根尾川鉄橋をわたって、根尾川の東岸にいく。

2019.3.1 (88) 樽見いきふつう - 鍋原日当間(鉄橋) 1930-1500
2019.3.1 (89) 樽見いきふつう - 鍋原日当間(鉄橋) 1200-900

ガーダー橋をわたって、根尾川の西岸にいく。じつにめまぐるしく東岸と西岸をいったりきたりしとるわけだけど、線路がほんなにくねくねまがっとるわけじゃなくて、かわがみぎにひだりに蛇行しとるだ。蛇行しとるかわの中心線をとおっていくために、なんかいも鉄橋をわたっとるってわけだ。新世代の線路だで、こういう芸当ができとるじゃないかな。

谷汲口からのってきた女子たびのひとりも貫通とびらのうしろまででてきて、さかんに写真をとる。ほれぐらいわくわくするけしきの連続だ。

鍋原までは中濃だ西濃だっていってきたけど、このへんからは根尾川の東岸も西岸も中濃に属する本巣市の区域になる。本巣市は南北にながく、終点の樽見からさらにずーっときたの福井県ざかいまでがほの区域だ。

2019.3.1 (90) 樽見いきふつう - 鍋原日当間(トンネル) 2000-1500

みじかいトンネルをくぐる。

2019.3.1 (91) 樽見いきふつう - 鍋原日当間(鉄橋) 2000-1500
2019.3.1 (92) 樽見いきふつう - 鍋原日当間(鉄橋) 1600-1200

すぐに鉄橋をわたって、根尾川の東岸にいく。

2019.3.1 (93) 樽見いきふつう - 日当 2000-1500

鉄橋をわたってすぐのとこで、ひだりかためんホームの日当(ひなた)に停車。ホームもあたらしくて、まくらぎもコンクリートまくらぎだ。しゅっぱつしてすぐにながいトンネルをくぐる。

2019.3.1 (94) 樽見いきふつう - 日当高尾間 1600-1200

やまにむかって列車はすすむ。

2019.3.1 (95) 樽見いきふつう - 日当高尾間(退避線) 1940-1500

とちゅうにみじかい退避線があるのをかくにん。なんのためのもんだったのか。

2019.3.1 (96) 樽見いきふつう - 日当高尾間(鉄橋) 2000-1500
2019.3.1 (97) 樽見いきふつう - 日当高尾間(鉄橋) 1200-900

すぐに鉄橋をわたって、根尾川の西岸にいく。

2019.3.1 (98) 樽見いきふつう - 日当高尾間(トンネル) 1800-1350

すぐにながいトンネルにはいる。

2019.3.1 (99) 樽見いきふつう - 高尾 2000-1500
2019.3.1 (100) 樽見いきふつう - 高尾 1155-900

トンネルをでてすぐにみぎかためんホームの高尾(たかお)に停車。ホームの名所案内にでとるのは、ひがしへ800メートルの金原ダム。根尾川につくられたダムだけど、みなみへ800メートルのまちがいだ。ここも秘境駅のおもむきだけど、まくらぎはしっかりコンクリートまくらぎだ。

2019.3.1 (101) 樽見いきふつう - 高尾水鳥間 1800-1350

列車はやまあいをすすむ。

2019.3.1 (102) 樽見いきふつう - 高尾水鳥間(トンネル) 1800-1350

トンネルをくぐる。

2019.3.1 (103) 樽見いきふつう - 高尾水鳥間(トンネル) 2000-1500

ガーダー橋をわたってすぐにトンネルにはいる。わたったかわは根尾川じゃなくて根尾川の支流だ。

2019.3.1 (104) 樽見いきふつう - 高尾水鳥間(道路ごえ) 1800-1350

トンネルをぬけて道路をこえたとこから左右に地形がひろがる。

2019.3.1 (105) 樽見いきふつう - 水鳥 2000-1500

ひだりかためんホームの水鳥(みどり)に停車。ここでふたりおりる。駅名板に「開運駅」ってかいてあっただけど、どっかに運がころがっとったのか。ほれとあとでしっただけど、このえきのちかくに根尾谷地震断層観察館ってのがある。根尾谷断層はむかしの濃尾大地震震源地として有名なだけど、まさにここまで根尾川ぞいにわが列車がはしってきとるとこが根尾谷断層なだ。

2019.3.1 (106) 樽見いきふつう - 水鳥しゅっぱつ 1800-1350

水鳥をしゅっぱつ。また、コンクリートまくらぎの線路をきもちよくすすんでいく。

2019.3.1 (107) 樽見いきふつう - 水鳥樽見間 2000-1500

ながいガーダー橋をわたって、根尾川の東岸にいく。根尾川をわたる鉄橋として、さいしょの木知原(こちぼら)と谷汲口(たにぐみぐち)のあいだの第1根尾川鉄橋からかぞえて、このガーダー橋でじつに10個めの鉄橋になる。

2019.3.1 (108) 樽見いきふつう - 水鳥樽見間 2000-1500

はしをわたるとちゅうで、ひだりにあっかいはしをみる。

2019.3.1 (109) 樽見いきふつう - 水鳥樽見間(トンネル) 1800-1350

ながいトンネルにはいる。

2019.3.1 (110) 樽見いきふつう - 樽見 2000-1500

トンネルをでるまえからまあはいすぐほこにえきがみえる。終点の樽見だ。

2019.3.1 (111) 樽見いきふつう - 樽見 2000-1500
2019.3.1 (112) 樽見 - 樽見いきふつう 2000-1500

10時15分、樽見はしましきホームのみぎがわにとうちゃく。大垣からここ樽見まで34.5km、1時間4分、32.3km/h。

2019.3.1 (113) 樽見 - 大垣いきふつう 2000-1500

みぎがわのえきまえひろばにでるために構内ふみきりをわたるとこで、のってきた列車がおりかえし大垣いきになるのをかくにん。

2019.3.1 (114) 樽見駅 - うすずみ温泉バス 1200-900 2019.3.1 (115) うすずみ温泉バス - 樽見線をくぐる 1200-900

えきまえひろばにでて、うすずみ温泉シャトルバスにのる。このバスは樽見駅うすずみ温泉をむすぶ無料バスで、樽見鉄道の時刻表にものっとるだけど、筆者がのるときにはまあはい満席で、すぐにしゅっぱつ。みなみまわりに樽見鉄道をくぐって157号線にでて、さらに根尾川あらため根尾西谷川の上流にすすんでいく。根尾川はこのあたりで根尾西谷川と根尾東谷川のふたまたにわかれとるだけど、根尾西谷川のほうが本流になる。

2019.3.1 (116) うすずみ温泉バス - 根尾川 1950-1500

ひだりにあっかいトラス橋をみてすすむ。はしのまんなかに「ひだり淡墨桜」っていうかんばんがでとるだけど、ほのとおりにわたっていくと、うすずみざくのあるほうにいける。

2019.3.1 (117) うすずみ温泉バス - 根尾駐在所 2000-1500

根尾駐在所のまえをとおっていく。

2019.3.1 (118) うすずみ温泉バス - うすずみ街道 1600-1200

このあたり、国道157号線は「うすずみ街道」をなのっとるだけど、ほのうすずみ街道をどんどんきたにすすんでいく。「温見峠(ぬくみとうげ)まで28キロ」の道路標識もあらわれる。とうげのむこうは福井県だ。

2019.3.1 (119) うすずみ温泉バス - みぎにホテル四季彩館 1390-1050

しばらくいったとこで右折してやまみちにあがって、うすずみ温泉にとうちゃく。樽見駅から10分ぐらいだ。みちのみぎにホテル四季彩館があって、ひだりにうすずみ温泉

2019.3.1 (120) うすずみ温泉 950-750 2019.3.1 (1009) うすずみ温泉 720-1200

温泉はぬるめで、ねこはだの筆者にはちょうどいい。ふつうのゆのほかに、さくらをかたどったゆぶねにさくらいろのゆがはいった「さくらのゆ」や、ジェット水流のでてくるゆ、「弥次喜多のゆ」のなまえがつく露天ぶろなんかがあって、おもうぞんぶんつかる。いや~、うきよのうさをわすれてゆにつかったわ~。

みなみいき

2019.3.1 (121) うすずみ温泉バス - 樽見駅 2000-1380

うすずみ温泉11時30分のうすずみ温泉シャトルバスにのって、樽見駅までもどる。

2019.3.1 (122) 樽見 - 宮脇留之助翁像と全線開通記念のいしぶみ 2000-1500 2019.3.1 (123) 樽見 - 全線開通記念のいしぶみ(うら) 1550-1200

えきまえひろばの一角にある宮脇留之助翁像と全線開通記念のいしぶみをかくにん。村会議員や群会議員をつとめた、この宮脇留之助さんっていうひとの執念がみのって、樽見鉄道は1989年3月はつかに樽見までの全線開通をとげた。

2019.3.1 (124) 樽見 - 構内からきたをみる 2000-1500

構内ふみきりからホームにあがるとこできたをみると、まんだ線路はほのさきにいきたがっとるようにみえる。ここが終点ならなくてもいいはずの合流があって、ほのさきコンクリート橋をわたってまあちょっとむこうまで線路があるだ。樽見鉄道はそもそも「大垣ヨリ福井県大野ヲ経テ金沢ニ至ル鉄道」として計画された鉄道なだ。

2019.3.1 (125) 樽見 - 樽見いきふつう 2000-1500

ホームにあがってちょっとしたとこで、トンネルから「たにぐみ盆梅展号」のヘッドマークをつけた列車がでてくる。おりかえし大垣いきふつうになる樽見いきふつうだ。

2019.3.1 (126) 樽見 - 樽見いきふつう 2000-1500

列車は分岐を直進して、ホームのにしがわに停車。筆者がのってきた列車はホームのひがしがわに停車しただけど、まんべんなくりょうがわの線をつかうってことか。

2019.3.1 (127) 樽見 - 大垣いきふつう 2000-1500
2019.3.1 (128) 大垣いきふつう - 樽見 2000-1500
2019.3.1 (129) 大垣いきふつう - 樽見しゅっぱつ 2000-1500

方向幕の表示が大垣いきにかわったとこで、列車にのりこむ。車両は2005年新潟トランシス製のハイモ295-516で、座席はベンチシートにぬのカーテンがついとる。11時57分、樽見をしゅっぱつ。のっとるのは夫婦づれがひとくみと筆者の3人。夫婦づれもうすずみ温泉からバスにのって、この列車にのりかえてきとる。

水鳥(みどり)で夫婦づれがふたくみのってくる。自動放送で「整理券をおとりください♪ 大垣いきです♪」っていうこえがながれてくる。しょうがないことかっておもうけど、あじけない。ただし、「The next station is TAKAO」っていう英語放送はいらん。高尾(たかお)はのりおりなし。日当(ひなた)ものりおりなし。列車はコンクリートまくらぎの線路をきもちよくはしる。鉄橋をわたってトンネルをくぐってみぎにひだりに根尾川をみて、きもちよくはしる。鍋原(なべら)ものりおりなし。

2019.3.1 (130) 大垣いきふつう - 鍋原高科間(鉄橋) 1200-900

高科(たかしな)ものりおりなし。神海(こうみ)ものりおりなし。神海をでて線路がきのまくらぎにかわって、列車はがたごと、がたごとゆれる。

2019.3.1 (131) 大垣いきふつう - 谷汲口 2000-1500
2019.3.1 (132) 谷汲口 - 大垣いきふつう 2000-1500

12時19分、谷汲口(たにぐみぐち)にとうちゃく。下車。こっからにしに谷汲までいくだけど、バスがでるまでの30分ほどまち時間。まあはいえきまえには名阪近鉄バスがとまっとるだけど、大垣からくる列車をまってのしゅっぱつになるだ。えきのまわりには食堂も喫茶店もなく、ここでまつしかない。ところで、えきまえにおんなじつくりの「かわらやね、くろかべ、2階だて」の一戸だて住宅が10棟ぐらいある。名阪近鉄バスの運転士さんにきいたら、村営住宅っていうことだった。あじけない集合住宅じゃなくて、こういうおもむきのある一戸だて住宅を村営住宅にしとるだ。岐阜県は県外からの定住促進策をすすめとるだけど、ほの一環にちがいない。さらに運転士さんに名鉄谷汲線はどのへんをはしっとったのかってきくと、まっとみなみのほうをとおっとったよっていうこたえ。谷汲には旧名鉄谷汲駅をみにいく予定だっていったら、ほれなら終点の谷汲山(たにぐみさん)バス停のひとつてまえの谷汲バス停でおりるとすぐとなりにあるとも助言してくれる。

2019.3.1 (133) 谷汲口 - オハフ33がた客車 2000-1500

こんどはホームのわきに展示してある列車をみにいってみる。かんばんの説明がきをよんでみると、列車は国鉄でながくかつやくしとったオハフ33がた客車だった。発足したての三セク鉄道である樽見鉄道がこのオハフ33がた客車を3両購入して運行しとっただけど、6年たって廃車になって、ほのうちの1両が当時の谷汲村に寄贈されてここに展示されとるっていうわけだった。いまは両運転台の単行気動車がはしっとるだけの樽見鉄道だけど、気動車に客車を連結してはしるっていう歴史があっただ。いや、ほれにしてもこの保存状態はひどい。あんまりにもいたみがひどくて、よっぽど写真をとるのをやめとかあかっておもうぐらいだった。

ホームにあがって谷汲口12時50分の樽見いきふつうをまつうちに、ひがしのほう、根尾川のむこうのこやまのやまはだのしたのほうがけずられとるのをかくにん。いきに平野部をきたにすすんどるとこでも、とおくのやますそにセメント採掘場をかくにんしただけど、ここにもセメント採掘場があるだ。

2019.3.1 (135) 谷汲口 - 樽見いきふつう 2000-1500

谷汲口12時50分の樽見いきふつうがとうちゃく。バスは大垣からきたこの列車と接続するだ。

2019.3.1 (136) 谷汲口駅 - 谷汲山いきバス 1590-1200

すぐにバスにのりこむ。バスは名阪近鉄バスのバスだけど、揖斐川町コミュニティーバスを運行するバス会社のバスっていう位置づけになる。12時52分、谷汲山バス停にむけて谷汲口駅をしゅっぱつ。のっとるのは5人で、筆者のほかは、筆者におなじくみなみいき列車にのってきてここで30分ほどの時間まちをした夫婦づれひとくみと、いまここについたきたいき列車からおりてきた夫婦づれひとくみだ。樽見から谷汲口までのってきた列車もほだったけど、夫婦づれがおおい。

2019.3.1 (137) 谷汲山いきバス - 長瀬郵便局 1800-1350

バスはさいしょみなみにすすんでいって、長瀬郵便局をすぎたとこでT字にあたった県道40号線を右折してにしにすすんでいく。T字にあたるとこでも、むこうにみえるやまのやまはだがうえのほうまでけずられとるのをかくにん。ほんとにあっちこっちにセメント採掘場があるだ。

2019.3.1 (138) 谷汲山いきバス - 名鉄谷汲線廃線あと 1800-1350

ひだりにたんぼ、みぎにやますそっていうふうけいをみながら県道40号線をにしにしばらくすすんだとこで、運転士さんが筆者にはなしかけてくる。「みぎのどてになっとるとこのうえを谷汲線の電車がはしっとっただよ」って。おー、県道40号線のきたがわにそって名鉄谷汲線がはしっとっただ。いや、親切な運転士さんだ。いってくれてはじめてわかることだ。

2019.3.1 (139) 谷汲バス停 - 谷汲山いきバス 1800-1350

谷汲のまちにはいって、12時58分、谷汲バス停にとうちゃく。下車。いや、じつは降車ボタンをおすのをわすれとって、こころえとった運転士さんが筆者のために停車させてくれただ。あらためて感謝。

ここがまちの中心だ。いや、ぞんがいに谷汲ってまちだ。「谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ)」の印象がつよくて、まっと「やまあいにたたずむ集落」ってかんじのとこかっておもっとっただけど、たいらかな地形のとこにひろがるあかるいまちだった。

運転士さんのおしえてくれたとおり、おりたバス停のすぐみぎうしろに旧名鉄谷汲駅もみつけれただけど、はやるきもちをおさえて食堂さがしだ。はらがへってはいくさができぬ。うすずみ温泉の食堂にししなべとかあってそそられただけど、ゆにつかっとるだけでかえりのバスの時間がきちゃっただ。樽見駅もバスから列車へののりつぎがすぐで、ごはんをたべとる時間がなかって、ここまできた。谷汲のまちなら食堂や喫茶店があるってことも、運転士さんにかくにんずみ。

2019.3.1 (141) アイドル - ポークカツ定食 1200-900

おりたバス停からほのまま県道40号線をにしにちょこっとあるいて山門前交差点。なまえのとおりこの交差点のきたに谷汲山華厳寺の山門があって、ほっからきたに参道がつながる。華厳寺にいくのもあとまわしで、この交差点からちょこっとみなみにいったとこにあったアイドルっていう食堂にはいる。みせんなかはひろく、おしながきにもいろんな料理があるなかで、ポークカツ定食を注文。いや~、しっかりとんかつだ。おおいに満足。

2019.3.1 (140) 旧名鉄谷汲駅 2000-1500

さて、旧名鉄谷汲駅だ。かなしみでむねがはちきれそうになることは覚悟で、駅舎のあっかい門をくぐる。県道40号線とは45度の角度で面する。

2019.3.1 (143) 旧名鉄谷汲駅 - 「推薦産業遺産に認定」 1600-1200 2019.3.1 (144) 旧名鉄谷汲駅 - 谷汲観光ご案内図 1960-1500
2019.3.1 (145) 旧名鉄谷汲駅 - 谷汲線電車の写真 2000-1500 2019.3.1 (146) 旧名鉄谷汲駅 - 揖斐線と谷汲線の沿線図 2000-1500

まずはいくつかの展示資料をかくにん。あっかい門のわきに、旧名鉄谷汲駅が推薦産業遺産に認定されたことをつたえる額がかかっとる。ホームは1926年の開業当時ほのままのもんで、車両も1926年製のモ514と1928年製のモ755が保存されとって、アメリカ製、フランス製のふるいレールものこされとるっていうことで、2007年に認定されとる。ほかは駅舎んなか。谷汲観光ご案内図はいまの地図だけど、廃止になった名鉄谷汲線もしるされとって、うれしい。あっかい電車が谷汲線をはしる写真はなける。こんなうつくしい電車が県都、岐阜とここ谷汲とをむすんどっただ。谷汲沿線図は正縮尺でえがかれとるもんで、谷汲線とあわせて揖斐線(いびせん)ものっとって、とってもさんこうになる。また、年表もいっしょにのっとって、1926年の谷汲線の開業から2001年の廃線までをつたえる。

2019.3.1 (147) 旧名鉄谷汲駅 - かいさつ 2000-1500

かいさつをはいる。

2019.3.1 (148) 旧名鉄谷汲駅 - 谷汲いき電車と黒野いき電車 1750-1500

いちだんおりたとこにはばのひろいしましきホームがあって、りょうがわに電車がとまっとる。みぎてまえにモ755の黒野(くろの)いき電車。黒野谷汲線揖斐線に合流するえきだ。筆者も黒野までは揖斐線できたことがあるだけど、まあはい谷汲線は廃止されたあとのことだった。ついに谷汲線にのらずじまいになっちゃったことを、いまでもくやんどる。ひだりおくにモ514の谷汲いき電車。

2019.3.1 (149) 旧名鉄谷汲駅 - 谷汲いき電車と黒野いき電車 2000-1500

ホームにはベンチがいっぱいおいてあるだけど、このばしょで谷汲線をしのぶもよおしをやるときに観客がすわるためのもんにちがいない。

2019.3.1 (150) 旧名鉄谷汲駅 - 黒野いき臨時急行さくら 1960-1500

モ755の黒野いき電車を正面からみてみる。てっきりふつうだっておもっとっただけど、たてがきの「黒野」っていう系統板のうえに、よこがきの「Express さくら 臨時急行」っていう系統板がついとる。急行さくら号だっただ。むかしは谷汲線に急行もはしっとったのか。

2019.3.1 (151) 旧名鉄谷汲駅 - 谷汲いき電車 2000-1500

モ514の谷汲いき電車を正面からみてみる。しろとあかの2色塗装の車体に、半円形の先頭部分。モ755より2年ふるいだけど、こっちのがよりしゃれとる。記憶がさだかじゃないだけど、筆者が黒野まできたときもたしかこんな電車だった。1926年製のモ514と1928年製のモ755が2001年の廃線のときまで、あるいは廃線まぎわまではしりつづけとっただ。進化がなかったともいえる。進化がないまま廃線になった。

2019.3.1 (152) 旧名鉄谷汲駅 - 谷汲いき電車と黒野いき電車 2000-1500

ホームのさきまでいってふりかえってみる。系統板がかわって、黒野いき電車が谷汲いき電車に、谷汲いき電車が新岐阜(しんぎふ)いき電車になっとる。新岐阜。なつかしいひびきだ。

2019.3.1 (153) 旧名鉄谷汲駅 - 岐阜方面をみる 2000-1500

ホームからさき、黒野新岐阜方面をみる。おねがいだ! まあいっかいはしってくれ!

2019.3.1 (142) 谷汲山 - 山門 2000-1500

ひとりたびのさいごに谷汲山華厳寺(たにぐみさんけごんじ」もうで。山門前交差点からきたに山門をくぐる。きれいないしだんの参道は車道と歩道にわけられとって、りょうがわにはずらーってみせがたちならぶ。

2019.3.1 (154) 谷汲山参道 - 「華厳寺まで7丁」 2000-1500

のぼりざかに参道をすすんで、谷汲橋っていうあっかいはしのとこまできたとこで、「華厳寺まで7丁」のいしぶみ。あと700メートルか。また、すすんでいくとこで、「西国三十三番満願霊場」のかんばんを発見。いや、ここ谷汲の属する美濃のくにって東国なのに。かんばんには地図もついとって、みるとこの西国霊場33番めの谷汲山華厳寺がさいごの霊場だってことがわかった。満願ってのは1番めの霊場から順番にまわってきて、さいごにこの谷汲山華厳寺にもうでて満願成就(まんがんじょうじゅ)するってことだ。りょうがわにたちならぶみせのなかには食堂もある。ししなべがたべれるみせもあった。いや、うすずみ温泉でたべそびれたししなべだ。

2019.3.1 (155) 谷汲山参道 - 「華厳寺まで3丁半」 2000-1500

華厳寺まで3丁半」のいしぶみのとこまできた。あと350メートルだ。がんばれ。

2019.3.1 (156) 谷汲山華厳寺 - 仁王門 2000-1500
2019.3.1 (157) 谷汲山華厳寺 - 境内参道 2000-1500

仁王門にとうちゃく。こっから境内(けいだい)の参道をすすむ。

2019.3.1 (158) 谷汲山華厳寺 - 百度石 2000-1500

百度石のむこうからは、いしだんをあがっていく。ほのままわきをぬけていっただけど、ひょっとして百度石のまわりを100回まわらにゃいかんかったとか。ちなみに、仁王門をくぐったとこには三十三度石があった。

2019.3.1 (160) 谷汲山華厳寺 - 英霊堂 2000-1500

いしだんをあがっていくとちゅう、みぎにあった英霊堂っていうお堂をおまいり。家内安全をいのる。

2019.3.1 (159) 谷汲山華厳寺 - 本堂にあがるいしだん 2000-1500

さいごのいしだんをあがっていく。

2019.3.1 (161) 谷汲山華厳寺 - 本堂 2000-1500
2019.3.1 (162) 谷汲山華厳寺 - ご本尊 2000-1500
2019.3.1 (163) 谷汲山華厳寺 - 「谷汲山」の額 1500-2000

本堂におまいり。家内安全をいのる。

2019.3.1 (164) 谷汲山華厳寺 - 本門 2000-1500

ひだりにまわりみちしてしたにおりてきて、本門っていう門をくぐって、参道にもどっていく。

2019.3.1 (165) 谷汲山華厳寺 - 経堂 2000-1500

参道にもどる直前で経堂っていうお堂をおまいり。家内安全をいのる。参道を中心に、この経堂と、さいしょにもうでた英霊堂とは対(つい)の位置にある。

2019.3.1 (166) 谷汲山華厳寺 - 境内案内図 1350-1800

仁王門をでる直前に境内案内図をかくにん。なかにふたつの説明がきがあって、よんでみる。ひとつは「谷汲山華厳寺のこい」。ほんなのがあるってことにもきづかんかっただけど、本堂のとこのはしらにうちつけてあったこいをなでると、ほれまでの禁欲生活から解放されるとのこと。ただし、谷汲山華厳寺で33か所霊場めぐりをおえたひとのはなし。筆者には関係なかった。

まあひとつは「笈摺堂(おいづるどう)」。ほのむかし、平安中期の天皇がここ谷汲山華厳寺をおとずれたときに、笈摺(おいづり)っていうチョッキみたいな服を奉納されたことにちなんで、以来、33か所霊場めぐりをするひとは、さいごのここ谷汲山華厳寺の笈摺堂っていうお堂に笈摺を奉納して、満願成就をあらわすならわしになったとのこと。これも筆者には関係なかっただけど、境内案内図で本堂のうらてに笈摺堂があることをかくにん。いや、天皇がおまいりにみえるほど格式のたかいのがこの谷汲山華厳寺なだ。

2019.3.1 (167) 谷汲山参道 - 八王子神社 2000-1500

仁王門をでて左右にみせがたちならぶ参道をくだっていくとちゅう、にしがわにあった八王子神社っていうふるびた神社をおまいり。家内安全をいのる。どんなゆいしょがあったかもしらんだけど、いきからきになっとった神社だ。

2019.3.1 (168) 谷汲口駅いきバス - 名鉄谷汲線廃線あと 1200-900 2019.3.1 (169) 谷汲口駅いきバス - 名鉄谷汲線廃線あと 1600-1200

谷汲山バス停15時6分のバスで谷汲口駅にもどるとちゅう、ひだり車窓にまあいっかい名鉄谷汲線廃線あとをかくにん。

2019.3.1 (170) 谷汲口 - 大垣いきふつう 2000-1500

さいごのさいご、谷汲口15時23分の大垣いきふつうにのって樽見鉄道ひとりたびをおえる。

◇            ◇

あとがき
こころおどるひとりたびだった。栄中日文化センターできょねん2018年10月から12月にかけて3回開催された谷口礼子さんの鉄道ひとりたび講座を受講しただけど、こんかいの行程については講座のなかでしめされた行程をさんこうにさせてもらった。っていうか、ほとんどほのままつかわせてもらった。ついでに、このブログ記事の題名についても、講座の題名をまねさせてもらった。えきからまあちょこっとあしをのばすことで、おしえにあった、秘境、温泉、うまい!っていうたのしみの3要素をみたすことができた。谷口礼子さんに感謝。


(さんこう)

宮城道雄のいしぶみをたずねて - 2019年2月26日

2019.2.26 (15) 刈谷のひがし - 大垣いき新快速 1920-1080

ともだちのフェースブック投稿で宮城道雄(みやぎみちお)のいしぶみ刈谷駅からひがしにいったとこにあることをしって、さっそくみてきた。2019年2月26日のこと。宮城道雄はごぞんじのとおり、めくらでありながらことの名曲「はるのうみ」を作曲したことでしられる。「公演のため東海道線の列車で移動中に刈谷駅のへんで転落してなくなった」ってことは筆者もしっとっただけど、いしぶみができとるってことはしらんかった。名鉄電車をのりついでいってきた。

◇            ◇

2019.2.26 (2) しんあんじょう - 岐阜いき急行 1890-1080

映画『アリータ』をみたあと、しんあんじょう13時24分の岐阜いき急行にのる。にしにすすんで、13時28分、知立(ちりゅう)にとうちゃく。名古屋本線から三河線にのりかえのため、下車。

2019.2.26 (3) 知立 - 碧南いきふつう 1760-1040

おんなじホームのむかいにやってきた知立13時31分の碧南(へきなん)いきふつうにのる。三河線知立からきたに猿投(さなげ)いきとみなみに碧南いきがあるだけど、名古屋本線にしいきから三河線へののりかえは、碧南いきのほうがおんなじホームでのりかえれるようになっとって優遇されとる。

2019.2.26 (4) 碧南いきふつう - 知立しゅっぱつ 1920-1080
2019.2.26 (5) 碧南いきふつう - 知立すぎ 1850-1040

定刻にしゅっぱつ。さいしょはひがしにちょこっとすすんで、ひだりに単線できたいき線が分岐したあと、複線でみぎにぐいーんってまがって、西南方向にすすんでいく。

2019.2.26 (6) 碧南いきふつう - 重原 1850-1040
2019.2.26 (7) 碧南いきふつう - 重原 1440-810

のろのろとすすんで、重原(しげはら)に停車。えきの所在地は知立市の区域になるだけど、重原のまちはこのさきの刈谷市の区域にまたがる。上重原町(かみしげはらちょう)が知立市に、重原本町(しげはらほんまち)と下重原町が刈谷市にある。

2019.2.26 (9) 碧南いきふつう - 重原刈谷間(東海道線ごえ) 1240-810
2019.2.26 (8) 碧南いきふつう - 重原刈谷間 1110-710

また、のろのろとすすんで、東海道線をこえてほのみなみがわをにしにすすんでいく。この三河線東海道線のまじわるとこの東南に宮城道雄のいしぶみがあるはずで、電車んなかからよこにめをむけてみる。

2019.2.26 (10) 碧南いきふつう - 刈谷 1060-720
2019.2.26 (11) 碧南いきふつう - 刈谷 1080-720

しましきホームみぎがわにはんたい電車のまつ刈谷にとうちゃく。下車。空地(くうち)をへだてたみぎがわは、しましきホーム2面4線の東海道線のえき。

2019.2.26 (12) 刈谷 - 南北自由通路(みなみがわ) 1820-1080
2019.2.26 (13) 名鉄協商パーキング刈谷みなみぐち 1660-1000

橋上かいさつからほのままつながる南北自由通路をみなみにおりて、県道48号線の歩道をひがしにあるきだしたとこで、むこうからきいろい帽子をかぶった小学生の隊列がやってくる。刈谷市交通児童遊園からのかえりにちがいない。こんにちわ! ひとりのおとこのこが元気にあいさつをしてくれる。つられてほかのなんにんかもあいさつをしてくれる。きもちいいな~。

2019.2.26 (14) 刈谷のひがし - 碧南いきふつう 1920-1080

しばらくすすんでさいしょの信号を左折。すぐに三河線東海道線のまじわるとこにつきあたる。こせんきょうのうえを三河線みなみいきのあっかい電車がいく。

2019.2.26 (15) 刈谷のひがし - 大垣いき新快速 1920-1080

めのまえを東海道線にしいきのステンレス車体の電車がいく。こんなふうにはしっとる列車から宮城道雄は転落したのか。

2019.2.26 (16) 宮城道雄供養塔 - 全景 1560-1080
2019.2.26 (17) 宮城道雄供養塔 - 供養塔 1850-1040

うしろに宮城道雄のいしぶみ。正確には宮城道雄供養塔だ。おもいもよらず死をむかえた無念におもいをはせ、おまいり。

2019.2.26 (18) 宮城道雄供養塔 - 説明がき 1030-1860

説明がきに、供養塔は刈谷市、宮城会、にほん盲人会の三者によってたてられたってかいてあるのをかくにん。ほのしたに周辺の周遊地図。刈谷市の区域にかぎられるだけど、重原にも陣屋のあととか三井戸とか、いくつかみどころもあるみたいだ。知立市の区域にある重原もふくめて、また、いっかいあるいてみたいな。

2019.2.26 (19) 刈谷のひがし - 知立いきふつう 1040-1850

刈谷のえきにひきかえすとこで、どてうえ高架をかけあがってくる三河線のあっかい電車とすれちがい。電車にのっとるぶんにはみることのないおもしろい光景だ。。

2019.2.26 (20) 刈谷 - 知立いきふつう 1900-1080

刈谷14時23分の知立いきふつうにのる。三河線の電車はぜんぶこのあっかいかんつうがたの電車だ。

2019.2.26 (21) 知立いきふつう - 刈谷重原間 1390-810

東海道線をこえるとこで、また、よこにめをむけてみる。

2019.2.26 (22) 知立駅の高架工事のすすめかた 960-1360
2019.2.26 (23) 知立駅の高架工事のすすめかた - 第4段階 1500-1070

14時29分、知立にとうちゃく。のりかえでこせんきょうをわたるときに、「知立駅の高架工事のすすめかた」をさいかくにん。ぜんぶで6段階の工事があるうちの第3段階までおわっとって、いまは第4段階の、あたらしく高架になる名古屋本線さがり線をつくっとるとこだ。

2019.2.26 (24) 知立 - 豊橋いき快速特急 1920-1080

いまはかりホームの6番のりばにおりて、知立14時38分の豊橋いき快速特急にのりかえ。宮城道雄のいしぶみをたずねるたびをおえる。


(さんこう)

  • 乗車記録 - 2019年2月26日、かようび、平日
  • 大垣いき快速 - 2019年2月26日 - おぼえがき(ゆめてつどう)|2019/03/06
  • 美少女サイボーグ戦士アリータ♪ - あきひこのいいたいほうだい|2019/02/26
  • どてうえ高架を…|いわせあきひこ|フェースブック|2019年2月26日14:43
    • どてうえ高架をかけあがってくるあっかい電車♪
      たまには沿線からとるのもいいな。
      さて、クイズ! ここはどこでしょう?
  • 【宮城道雄供養塔】|澤原和典さん|フェースブック|2019年2月25日14:25
    • 夏目漱石の門下、内田百閒の友人、宮城道雄の供養塔。
    • 名鉄東海道の交わるあたりで、48に面した交通公園の駐車場脇から、東海道線添いに歩いていく感じです。
      宮城道雄供養塔の位置図 990-1160
  • 知立駅の高架化はこういう順番で - あきひこゆめてつどう|2015/03/22
    • 第1段階=2、3番ホームがみなみにいざる。2015年2月28日、供用開始。
  • 宮城道雄 - Wikipedia
    • 1929年に道雄が発表した箏と尺八の二重奏曲「春の海」は、来日したフランス人女流バイオリニスト、ルネ・シュメーが尺八部分をバイオリンに編曲し道雄との合奏がなされ、世界的な評価を得ることになった。その合奏は1932年にレコードに吹き込まれ日本、アメリカ、フランスで発売された。「春の海」は翌年の歌会始の勅題「海辺巌」にちなんで制作されたもので、かつて道雄が瀬戸内海を船で巡った時の印象を基に、それに波の音や鳥の声、漁師の舟唄などを加えて作られた。
    • 1956年6月25日未明、大阪での公演へ向かうため、下りの夜行寝台急行列車「銀河」に付き添いの内弟子牧瀬喜代子と共に乗車中、午前3時頃、愛知県刈谷市刈谷駅手前で客車ドアから車外に転落した。午前3時半頃現場を通りかかった貨物列車の乗務員から「三河線ガードのあたりで線路際に人のようなものを見た」という通報を受け現場に向かった刈谷駅の職員に救助され豊田病院へと搬送されたが、午前7時15分に病院で死亡が確認された。救助時点ではまだ意識があり、自らの名前を漢字の説明まで入れて辛うじて名乗ったと伝えられる。
    • 道雄の死については寝ぼけてトイレのドアと乗降口を間違えたなどの推測や一方では自殺も噂されたが、どれも推測や憶測にとどまり事故の真相は不明である。周囲の人物評では、百閒が道雄の行動を常々観察して「カンの悪い盲人」と評しており、高峰秀子もまたこの訃報を新聞で知った時に、ただちに「宮城先生は誤ってデッキから落ちられたのだ」と思ったという。実際に道雄は晩年(場慣れているはずの)自宅内で転倒して片方の眼球を痛め、眼球摘出手術を受けるという事故も経験しており(その后は義眼を入れていた)、視覚障害者としては歩行感覚が鋭敏でなかったことを窺わせる。
    • 墓所は東京都台東区谷中霊園にある。命日の6月25日は遺作の歌曲にちなみ、「浜木綿忌」と呼ばれている。一周忌に際して水野佐平は邦楽再興に奉じた道雄の死を無意味にしてはいけないと考え、所蔵していた名作筝などを自宅の「和楽荘」及び邸内の「丹水会館」に展示した。また同年には前述の事故現場近くに、宮城会・日本盲人会・刈谷市により供養塔が建立されている。

減便にがびーん@@! - 名鉄バスあんじょう線

名鉄バスあんじょう線ってのは、しんあんじょうと更生病院をむすぶバス路線のことだ。減便にきづいたのは2019年2月22日のこと。2019年3月31日にちようびに開催の福来源交流会について、しんあんじょうからのバス便をしらべとったときのことだ。福来源のもよりバス停は、JRあんじょうえきバス停よりひとつてまえのアンフォーレバス停。アンフォーレバス停に12時につけるようにするためには、しんあんじょうバス停でどの時間のバスにのやあいいか。あ、しんあんじょう11時6分発で11時18分にアンフォーレとうちゃくか。はやいな。30分あとのバスだな。かくにんのため、「后出発」ボタンをおしてみる。あれ?12時6分発で12時18分とうちゃくになっちゃう。ほんなはずはない!っておもってなんかいやってみても、おんなじだ。しばらくたって、やっとわかった。基本的に1時間に2本の名鉄バスあんじょう線だけど、きょねん2018年10月ついたちのダイヤ改正で、土休の10時台から15時台までの6時間にかぎって、1時間に1本しかなくなっちゃっただ。このときのダイヤ改正で一部の便が更生病院からデンパークまで延伸運行するようになったことはしっとっただけど、いきさきがデンパークにかわる時間帯が1時間に1本しかなくなっちゃっただ。デンパーク延伸をしったときはよろこんだもんだっただけど、まさか減便とひきかえだったとはおもいもよらんかった。名鉄バスあんじょう線はあんじょう市内のバス路線のいちばんの基幹路線だ。ほれが土休のひるま、1時間に1本しかなくなっちゃった。いま、おおいなる失望につつまれ、おおいなるいかりをおぼえとる。

◇            ◇

しんあんじょうバス停時刻表
(2018.10.1 改正)
平日 土休
6:36 更 6:45 更
7:02 更、7:36 更 7:13 更、7:36 更
8:06 更、8:36 更 8:06 更、8:36 更
9:06 更、9:36 更 9:06 更、9:36 更
10:06 更、10:36 更 10:06 デ
11:06 更、11:36 更 11:06 デ
12:06 更、12:36 更 12:06 デ
13:06 更、13:36 更 13:06 デ
14:06 更、14:36 更 14:06 デ
15:06 更、15:36 更 15:06 デ
16:06 更、16:36 更 16:06 更、16:36 更
17:06 更、17:36 更 17:06 更、17:36 更
18:06 更、18:36 更 18:06 更、18:36 更
19:06 更、19:36 更 19:06 更、19:36 更
20:06 更、20:36 更 20:10 更、20:40 あ
21:20 更  
※ 更=更生病院いき、デ=デンパークいき、あ=JRあんじょうえきいき

◇            ◇

(さんこう)

イトーヨーカドーのほんやさんの閉店におもう

2019.2.21 イトーヨーカドーのほんやさんが閉店 880-1310

2019年2月21日、イトーヨーカドーあんじょうてんにたちよったときに、はりがみをみた。ここのほんやさん、2019年2月17日に閉店になっとった。ざんねんなことだ。しんあんじょうでとちゅう下車してよれるほんやさんだったのに。いや、クルマでの移動が主体のわがあんじょうしにあって、えきからちかいとこにあるほんやさんって貴重なだ。ここがなくなったいま、ほかに桜井駅がもよりのアピタあんじょうみなみてんのほんやさんしかない。いやいや、ほんやさんにかぎらん。あそぶとこ、たべるとこ、スーパー、コンビニ、おいしゃさん、福祉センター、図書館、博物館などなど、ほんとに名鉄のえきからとおいとこばっかりにある。「あるいてくらせるまちづくり」なんてだれもめざしてないってのがかなしい。


(さんこう)

おきょうさまききに電車でぶらぶら - 2019年2月18日

2019.2.18 (6) 堀田 - 一宮いき急行 1600-1200 2019.2.18 (8) 青大悲寺 - 本堂 2000-1500

2019年2月18日、ぶらぶら電車にのって熱田(あつた)は青大悲寺(せいだいひじ)までいって、おきょうさまをきいてきた。

◇            ◇

2019.2.18 (1) みなみあんじょう - しんあんじょういきふつう 2000-1500

ふるい9時55分のしんあんじょういきふつうにのって、9時57分、みなみあんじょうにとうちゃく。下車。

2019.2.18 (2) みなみあんじょう - エレベーター工事 800-600
2019.2.18 (3) みなみあんじょう - エレベーター工事 1440-2000

みなみあんじょうのえきはエレベーター工事まっさかり。高架の橋脚が2本、鋼板をまいて補強してあるのをかくにん。こんかいの工事で中二階の位置にあるかいさつ階がきたがわにのびることになるだけど、ほのための補強だったのか。

アクトスまでいってひとあせ。おんなの山本さんのストレッチ講習もうけただけど、しっかり肩甲骨がいごかせたきがした。

2019.2.18 (4) みなみあんじょう - しんあんじょういきふつう 1380-1050

えきにもどって、みなみあんじょう11時27分のしんあんじょういきふつうにのる。

終点のしんあんじょうにつくときに、「このさきもきをつけていってらっしゃいませ」の車内放送。いや~、ただ「ご乗車ありがとうございました」だけでもいいのに、これから西尾線から名古屋本線にのりかえるおおくのひとたちのことをおもって、こうやっていってくれとるだ。きくばりに感激。11時32分、しんあんじょうは2番のりばにとうちゃく。

2019.2.18 (5) しんあんじょう - 一宮いき急行 1600-1200

4番のりばに移動。しんあんじょう11時36分の一宮いき急行にのりかえ。

車掌さんのしぶいこえの案内放送をききながらすすんで、11時58分、堀田にとうちゃく。下車。高架したにある堀田駅名店街の食堂にはいって、ひるごはん。どて定食を注文。

2019.2.18 (6) 堀田 - 一宮いき急行 1600-1200

かいさつをはいりなおして、堀田12時32分の一宮いき急行にのる。ここまでのってきた一宮いき急行の1本あとの一宮いき急行だ。

12時33分、神宮前にとうちゃく。下車。熱田神宮をよけるようにして、西北方向にあるいていく。

2019.2.18 (7) 青大悲寺 - 鉄地蔵 1500-1960

ちかくのファミリーマートでいっぷくしたあと、青大悲寺(せいだいひじ)にとうちゃく。さいしょに、歩道に面した地蔵堂に安置されとる鉄地蔵をおまいり。

2019.2.18 (8) 青大悲寺 - 本堂 2000-1500

境内にはいって本堂までいくと、まあはいおきょうははじまっとった。ただ、筆者よりもあとからはいってきた信者のかたたちもみえた。

2019.2.18 (9) 青大悲寺 - おきょう 1590-1200
2019.2.18 (10) 青大悲寺 - おきょう 1000-750 2019.2.18 (11) 青大悲寺 - おまいりのひとたち 1580-1200

本堂にあがってまずは御本尊に一礼。っていうより、五体投地(ごたいとうち)っていうべきか。ほかのかたがやるのをまねして、たって一礼したあと正座して、ほの姿勢から上半身をまえにたおして、のばしたりょううでといっしょにあたまをたたみにつける。これをなんかいかくりかえす。さて、おきょうはまんだおきょうさまじゃなくて、ふつうのおきょうみたいだ。いや、ほれにしても、信者のみなさん、経典をてもとにもっとるわけじゃないのに、庵主(あんじゅ)さんといっしょにおきょうをとなえとるのがすごい。さいごにお布施をだしたあとに庵主さんにきいてみると、みなさん、きいただけでこのむづかしいおきょうをおぼえられたとのこと。すごいな。

おきょうがおわる。あれ、おきょうさまは?っておもったとこで、一同ひだりに移動。ご本尊からはずれた位置に移動して、こんどは庵主さんがこっちをむいて信者のみなさんとむかいあいになる。あ、これからおきょうさまがはじまるのか。おきょうさまっていうのは、この青大悲寺の開祖であるきのさんっていうおんなのひとが、名古屋のことばでやったおきょうのことだ。ふろしきにつつまれて庵主さんのまえにおきょうさまをかいた数冊の本がはこばれてきて、おきょうさまがはじまる。うん、にほんごだ。さっきのちんぷんかんぷんだったふつうのおきょうとはちがう。ただし、きのさん当時の江戸時代のにほんごであり、完全な理解にはとおい。ところで信者のみなさんは、やっぱりそらんじて庵主さんといっしょにおきょうさまをとなえとる。これもきいただけでおぼえられたとのこと。いやいや、おそるべし。なんじゅっかいかよったら、この域にたっするのか。

2019.2.18 (12) 青大悲寺 - きのさんの両親住居あと 2000-1500

おきょうさまもおわって、おちゃとまんじゅうをいただく。っていうか、いただきそびれて本堂をさる。ほかのみなさんもかえっていくだけど、塀にむかって一礼してかえっていく。なんでかふしぎだっただけど、きいてみたら塀のてまえのしたにいしがおいてあるだけど、ほこがきのさんの両親がすんどったあとだっていう。ほー。ならって、筆者も一礼して境内をでる。

2019.2.18 (13) 西高倉 - 名城線みぎまわり 1200-900

かえりは青大悲寺からちょっときたにある、西高倉(にしたかくら)のえきから地下鉄にのってかえる。神宮前までもどるよりもはるかにちかい。

2019.2.18 (14) 金山 - 名古屋いきふつう 1400-1050

金山で名鉄にのりかえ。となりの中央線ホームに名古屋いきふつうがとうちゃくしただけど、ほのまどのきれいだったこと。車両はまどがきたないことで定評のある211系だっただけにおどろいた。


(さんこう)