丹后のうみ号でいく丹后のくに 【前編】

2017年6月よっか。豊岡のたびふつかめは、やどをとった豊岡から京都丹后鉄道の特急丹后のうみ号にのって、丹后のくにをとおりぬけて、福知山から京都へとかえっていく行程になる。丹后のくにはとちゅう列車をおりてにほん三景のひとつ天橋立を見物しており、こんかいは前編として豊岡から天橋立までのようすを紹介する。

2017.6.4 天橋立 (48-1) 丹后のうみ(はしだて2号) - 天橋立 1800-1300

◇            ◇

あさ、めをさますとホテルのそとはきり。豊岡名物のきりだ。うれしくてほのままそとにでて、えきまできっぷをかいにいく。京都丹后鉄道まわりでいくことは、きのうのばんにきめたことだ。いっかいこの三セク鉄道にのっときたいってことと、にほん三景のひとつ天橋立のけしきをめにおさめたいってことできめた。きっぷをかいおわってホテルにもどらあってとこで、橋上駅のまどからだいだいいろの気動車がでていくのがみえる。きのうのばんも体験した山陰線非電化区間のふうけいだ。

ホテルでバイキングのあさごはんをたべて、あらためてえきにいく。しゅっぱつ時刻までまんだ30分以上あるけど、かいさつをはいってホームにおりて、しばし列車見物だ。やっぱり、だいだいいろの気動車がおる。浜坂いきふつうだ。かげにかくれて、近郊がた電車がおる。福知山いきふつうだ。ここ豊岡は電化区間と非電化区間のさかいめにある。

2017.6.4 天橋立 (5) 豊岡 - 香住いきふつう 1900-1080
2017.6.4 天橋立 (6) 豊岡 - 香住いきふつう 1060-1880 2017.6.4 天橋立 (7) 豊岡 - 福知山いきふつうと香住いきふつう 1920-1080
(5)(6) 豊岡 - 香住いきふつう(7) 豊岡 - 福知山いきふつうと香住いきふつう

さて、われわれのまつ1番のりばに、意匠をこらした、あおくてまるっこい列車が浜坂方面からはいってくる。ヤッホーッ! ひとめで観光列車ってわかる外観に、無条件にうれしくなる。これが丹后のうみ号か。これから京都丹后鉄道の線にはいって天橋立までいくだけど、山陰線の世界とはまたべつの世界にはいっていくだ。

2017.6.4 天橋立 (8) 豊岡 - 丹后のうみ(はしだて2号) 1920-1080
2017.6.4 天橋立 (9) 豊岡 - 丹后のうみ(はしだて2号) 720-1280 2017.6.4 天橋立 (14) 豊岡 - 丹后のうみ(はしだて2号) 1920-1080
(8)(9)(14) 豊岡 - 丹后のうみ(はしだて2号)

浜坂かた、いや、ただしくは天橋立かたの先頭車両にまわって記念さつえい。

2017.6.4 天橋立 (10) 豊岡 - 丹后のうみ(はしだて2号) 1780-1070
2017.6.4 天橋立 (15) 豊岡 - 丹后のうみ(はしだて2号) 1920-1080
(10)(15) 豊岡 - 丹后のうみ(はしだて2号)

のりこんで、おおーっ! 木材をふんだんにつかった内装に、あかるいいろめのシートがうれしい。列車に木材ってどんなもんかっていう心配はふっとんだ。

2017.6.4 天橋立 (13) 丹后のうみ(はしだて2号) - 豊岡 1920-1080 2017.6.4 天橋立 (17) 丹后のうみ(はしだて2号) - 豊岡 1080-1920
(13)(17) 丹后のうみ(はしだて2号) - 豊岡

難点は前方視界。かろうじて最前列みぎがわのまどがわ席からだけまえがみえるだけど、じつにふじゅうぶん。先頭車両の乗客はわれわれだけで、じぶんがほの特等席、つまがほのうしろの席にじんどる。最前列みぎがわの席はどういうわけか通路がわ席がないだ。8時51分、豊岡をしゅっぱつ。

2017.6.4 天橋立 (18) 丹后のうみ(はしだて2号) - 豊岡しゅっぱつ 1190-720
(18) 丹后のうみ(はしだて2号) - 豊岡しゅっぱつ

さいしょ、山陰線にそって浜坂方面にきたむきにすすんだあと、じきにみぎにまがって山陰線とわかれて、ぐいーんってみぎにまがって、むきをひがしむきにかえる。とちゅうの網野まで、まひがしよりひだり30度方向にすすむことになる。

2017.6.4 天橋立 (19) 丹后のうみ(はしだて2号) - 豊岡-コウノトリの郷間 970-1870
(19) 丹后のうみ(はしだて2号) - 豊岡-コウノトリの郷間

おおきな鉄橋をわたる。

2017.6.4 天橋立 (20) 丹后のうみ(はしだて2号) - 円山川鉄橋 920-1920
(20) 丹后のうみ(はしだて2号) - 円山川鉄橋

円山川だ。豊岡よさらば。

2017.6.4 天橋立 (21) 丹后のうみ(はしだて2号) - 円山川 1920-1080
(21) 丹后のうみ(はしだて2号) - 円山川

列車はやまにはいって、コウノトリの郷を通過。あの有名なコウノトリの郷公園のなまえをあたえてあるけど、ちょっとあるいていくにはとおい。

2017.6.4 天橋立 (22) 丹后のうみ(はしだて2号) - コウノトリの郷 950-1900
(22) 丹后のうみ(はしだて2号) - コウノトリの郷

列車はやまんなかをはしる。やまんなかのどっかで、丹后のくににはいる。但馬のくによさらば。土地がひらけたとこで、さいしょの停車駅、久美浜にとうちゃく。明治初年の1868年から豊岡県に合併される1871年までのごくごくみじかいあいだ設置された久美浜県の県都になるわけだけど、まちっていうほどじゃなくて、さとっていうかんじか。大学んときにこっからきとった后輩がおっただけど、こんなひなびたとこだったか。ほいから、あとで地図をみてわかっただけど、この久美浜には久美浜湾っていう、一見みずうみとまちがえるようなかたちの湾がすぐちかくまではいりこんできとった。いや、きづかんじゃった。

2017.6.4 天橋立 (23) 丹后のうみ(はしだて2号) - 久美浜 1050-1860
2017.6.4 天橋立 (24) 丹后のうみ(はしだて2号) - 久美浜 1080-1920
(23)(24) 丹后のうみ(はしだて2号) - 久美浜

さて、わが丹后のうみ号はここ久美浜までが快速で、こっから正式に特急はしだて2号になる。いきさきははるばる京都までいく。座席も、ほれまでのっとった先頭車両から2両めの車両に移動。指定席車両から自由席車両にうつっただ。指定席料金をはらうき満々だったのに、車掌のおにいちゃんがうってくれたのが自由席だった。

6分停車ののち、久美浜をしゅっぱつ。こっからは車窓のふうけいをみていく。

かぶと山はしらんまに通過。

小天橋(しょうてんきょう)を通過。木造のホームうわやがしぶい。ここも久美浜湾にちかい。

2017.6.4 天橋立 (25) 丹后のうみ(はしだて2号) - 小天橋 1240-720
(25) 丹后のうみ(はしだて2号) - 小天橋

夕日ヶ浦木津温泉(ゆうひがうらきつおんせん)に停車。おー、ホームにあしゆがあるぞ。温泉のいわれをかきしるしたたてかんばんもある。奈良時代のむかしに行基っていうおてらさんがひらいた温泉だげな。

2017.6.4 天橋立 (27) 丹后のうみ(はしだて2号) - 夕日ヶ浦木津温泉 1020-1180 2017.6.4 天橋立 (26) 丹后のうみ(はしだて2号) - 夕日ヶ浦木津温泉 1780-1080
行基木津温泉京都府下最古の温泉~天平の出湯~
むかーしむかし、奈良時代のおはなしです。
当時国内で疫病の流行や大地震、かんばつによる被害で天平飢饉がおこりました。行基は、ひとびとをうえからすくうため、たはたを開墾しためいけをつくる指導をし、近畿中をまわっておりました。この木津でもすくなからずほのえいきょうをうけ、疫病が発生しました。ほのとき、行基はこの地におとずれており、ここにわく温泉にむらびとたちを入浴させました。ほいで行基の指導により木津ではおおきな被害は発生せずむらびとたちはすくわれたっていいつたえられております。ほの疫病とは皮膚病の一種、天然痘だったようで、ほれ以来、木津温泉は皮膚病にきく治療湯としてつたえられております。
これはむかしから木津温泉につたわる行基にまつわるおはなしです。 〔木津温泉振興組合〕
(27)(26) 丹后のうみ(はしだて2号) - 夕日ヶ浦木津温泉

うみからはだいぶはなれたか。列車はやまざとをいく。

2017.6.4 天橋立 (28) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ 1920-1080
(28) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ

網野(あみの)にとうちゃく。「あみの」のアクセントはたいらかじゃなくて、「み」にアクセントがあって、ちょっとへんなかんじがした。ほれと、このくじらみたいな駅舎もえきらしくなくて、へんだった。ここ網野も久美浜とならんで丹后のくにのひとつの中心地のはずなだけど、ほのことはようわからんかった。

2017.6.4 天橋立 (29) 丹后のうみ(はしだて2号) - 網野 1200-720 2017.6.4 天橋立 (30) 丹后のうみ(はしだて2号) - 網野 1160-720
(29)(30) 丹后のうみ(はしだて2号) - 網野

網野からさきはむきがかわる。ほれまで、まひがしにたいしてひだり30度にすすんどったもんが、こっからはみぎ45度にすすんでいく。あとで地図をみてたしかめたことだけど、こっから完全にうみからはなれて、にほんかいに東北方向につきだしとる丹后半島のねもとを横断する。

豊岡をでたときはがらがらだった車内も、えきえきでひとをひろって、ちょこっとづつふえていく。のってくるのは旅行者とかじゃなくて、ぢもとのひとたちがおおかったようにみえた。運行本数が不足する京都丹后鉄道にあって、特急列車であるこの丹后のうみ号をふつう列車がわりにつかっとったのか。特急料金をはらってまで、ほうしとったのか。

列車はまたやまざとをいく。きのうの、京都から丹波のくに、但馬のくにへといく山陰線のたびもやま、また、やまだったけど、きょうの、丹后のくにをいく京都丹后鉄道のたびもやっぱりやまがいっぱいだ。にほんってのはやまぐにであって、わがすむ西三河平野がとくべつなのかもしれん。さらに、山陰線はとちゅうに綾部や福知山っていうまちがあったのにたいして、京都丹后鉄道はまちらしいまちもなくて、いっそうひなびたかんじだ。

2017.6.4 天橋立 (31) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ 910-720
2017.6.4 天橋立 (32) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ 1280-720
(31)(32) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ

峰山にとうちゃく。久美浜、網野とこのさきの大宮をふくめた京丹后市の市役所がこの峰山にあるだけど、まちっていうほどじゃなかった。大学んときにこっからきとった同級生もおった。

2017.6.4 天橋立 (33) 丹后のうみ(はしだて2号) - 峰山 1920-1080
(33) 丹后のうみ(はしだて2号) - 峰山

また、やまざとをいく。たんぼはちょっとひろい。いやしかし、ひなびたふうけいだ。

2017.6.4 天橋立 (34) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ 1280-720
(34) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ

京丹后大宮にとうちゃく。駅舎はしゅぬりばしらにしらかべ、かわらぶきのたてもんだ。小野小町のえもかいてあり、ゆかりの地らしい。

2017.6.4 天橋立 (35) 丹后のうみ(はしだて2号) - 京丹后大宮 1700-1080 2017.6.4 天橋立 (36) 丹后のうみ(はしだて2号) - 京丹后大宮 1320-1080
「九重の花の都に住みはせて はかなや我は三重にかくるる」 〔小野小町
(35)(36) 丹后のうみ(はしだて2号) - 京丹后大宮

3分停車のうちに、こっちとおんなじ丹后のうみ号といきちがい。しらべると、特急たんごリレー1号っていうやつで、はしだてやきのさきみたいに京都発着じゃなくて、福知山発着のやつだ。京都丹后鉄道の区間内だけをうけもつ。

2017.6.4 天橋立 (37) 丹后のうみ(はしだて2号) - 京丹后大宮 1280-720
(37) 丹后のうみ(はしだて2号) - 京丹后大宮

やまごえ区間にはいって、平行する国道をむこうからやってきた自転車のりのひとたちとすれちがう。

2017.6.4 天橋立 (38) 丹后のうみ(はしだて2号) - 京丹后大宮-与謝野間 720-450
(38) 丹后のうみ(はしだて2号) - 京丹后大宮-与謝野間

やまをおりて、与謝野にとうちゃく。ホームのかんばんに「ようこそ丹后ちりめんのさと与謝野町へ」ってかいてある。京丹后市の区域からでただ。むかしは、こっからみなみに分岐する加悦鉄道(かやてつどう)っていう私鉄があったっていうことは、あとでしった。

2017.6.4 天橋立 (39) 丹后のうみ(はしだて2号) - 与謝野 1280-720
(39) 丹后のうみ(はしだて2号) - 与謝野

また、やまざとをいき、かわをわたる。

2017.6.4 天橋立 (40) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ 1920-1080
2017.6.4 天橋立 (41) 丹后のうみ(はしだて2号) - かわ 1920-1080
(40) 丹后のうみ(はしだて2号) - たんぼ(41) かわ

さて、「つぎは天橋立です」の車内放送がはいる。

2017.6.4 天橋立 (42) 丹后のうみ(はしだて2号) - 岩滝口のへん 1280-720
(42) 丹后のうみ(はしだて2号) - 岩滝口のへん

おおーっ!うみだ! 丹后のうみ号がついにうみにでた。

2017.6.4 天橋立 (43) 丹后のうみ(はしだて2号) - 阿蘇海 1770-970
2017.6.4 天橋立 (44) 丹后のうみ(はしだて2号) - 阿蘇海 1280-640
(43)(44) 丹后のうみ(はしだて2号) - 阿蘇海

いりえをそとうみからまもる、防波堤みたいななかすがみえてくる。これが天橋立だ! このけしきをみただけでも、天橋立がただもんじゃないことがわかる。あとでしらべたら、天橋立にまもられたいりえを阿蘇海(あそかい)っていって、ほのそとがわが宮津湾だった。

2017.6.4 天橋立 (45) 丹后のうみ(はしだて2号) - 阿蘇海 1280-680
2017.6.4 天橋立 (46) 丹后のうみ(はしだて2号) - 阿蘇海 1840-840
(45)(46) 丹后のうみ(はしだて2号) - 阿蘇海

10時ちょうど、天橋立のえきにとうちゃく。豊岡からここ天橋立まで54.5km、1時間9分、47.4km/h。表定速度は50キロにみたんけど、くつろぎの車内空間で1時間あまりのゆったりたびにおおいに満足。かいさつをでて、天橋立見物にむかう。

2017.6.4 天橋立 (48) 丹后のうみ(はしだて2号) - 天橋立 1920-1080
2017.6.4 天橋立 (47) 丹后のうみ(はしだて2号) - 天橋立 1860-1060 2017.6.4 天橋立 (49) 丹后のうみ(はしだて2号) - 天橋立 1910-1080
(48)(47)(49) 丹后のうみ(はしだて2号) - 天橋立

乗車記録 - 2017年6月よっか、にちようび
  • 豊岡 8:51 → (丹后のうみ号=特急はしだて2号*1) → 10:00 天橋立
    〔54.5km、1時間9分、47.4km/h、1,840円*2*3

京都丹后鉄道の路線図(鉄道ジャーナル2017年6月号)
△ 京都丹后鉄道の路線図(鉄道ジャーナル2017年6月号)

◇            ◇

(さんこう)

*1:豊岡から久美浜までは快速として運行。

*2:じっさいには豊岡からあんじょうまでのきっぷをかっており、この金額をしはらったわけじゃない。

*3:乗車料金1,190円と自由席特急料金650円をあわせて1,840円。指定席特急料金はあとでみたら750円だった。

豊岡と城崎温泉 - 鉄道のふうけい

豊岡にやどをとった2017年6月みっかは、ばんごはんのあと、ひとりキハ40で豊岡-城崎温泉間を往復した。

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豊岡

ふれあい公設市場のなかの紀ノ川っていうみせでばんごはんをたべたあと、豊岡グリーンホテルモーリスにつまをのこして、ひとり豊岡のえきにむかう。生田どおりをちょっとにしにいくだけでえきにとうちゃく。かいさつをはいってホームにおりると、異国情緒あふれるだいだいいろの気動車がとまっとる。これがこれからのる浜坂いきふつう列車か。まんだしゅっぱつ時刻の20時00分まで20分ぐらいあるだけど、ここ豊岡始発のため、まあはいとまっとるだ。山陰線はここ豊岡をさかいに、はっきりと様相をかえる。京都からここまでは電車のはしる区間なだけど、こっからむこうは基本的に非電化で気動車のはしる区間なだ。基本的にっていうのは、京都発の電車特急きのさきと新大阪発の電車特急こうのとりだけは、豊岡からさらにふたえきさきの城崎温泉までのりいれとるっていう例外があるでだ。

2017.6.3 豊岡 (117) 豊岡 - 浜坂いきふつう 1890-1060
(117) 豊岡 - 浜坂いきふつう

だいだいいろの気動車にのりこんでみる。いや、外観のだいだいいろとはふぞろいな、はいいろっぽい車内だ。固定式のボックスシートがなつかしい。むかしは国鉄っていうとこんなシートばっかりだっただよ。

2017.6.3 豊岡 (118) 浜坂いきふつう - 豊岡 1920-1080
(118) 浜坂いきふつう - 豊岡

ここで京都方面から、こいみどりいろの列車がはいってくる。クモハの表記で電車だってことがわかるだけど、これも異国情緒あふれる車両だ。時刻表でたしかめると、福知山発豊岡どまりのふつう電車だ。

2017.6.3 豊岡 (119) 豊岡 - 福知山発豊岡いきふつう 760-450
2017.6.3 豊岡 (123) 豊岡 - 福知山発豊岡いきふつう(クモハ112-5309) 1880-1060
(119) (123) 豊岡 - 福知山発豊岡いきふつう

だいだいいろの気動車とこいみどりいろの電車がならぶ。山陰線のふうけいだ。

2017.6.3 豊岡 (120) 豊岡 - 浜坂いきふつうと福知山発豊岡いきふつう 1160-720
(120) 浜坂いきふつうと福知山発豊岡いきふつう

ここでまた、しろい電車特急がホームにはいってくる。京都発豊岡どまりのきのさき13号だ。これも山陰線のふうけいだ。

2017.6.3 豊岡 (124) 豊岡 - 京都発豊岡いき特急きのさき13号 1820-1080
(124) 豊岡 - 京都発豊岡いき特急きのさき13号

さて、あらためて豊岡発浜坂いきのだいだいいろの気動車にのりこむ。ワンマン運行のため、運転室のうしろに運賃ばこがおかれとる。また、前方視界は、ひらかれたまんなかのとびらのむこうのちいさなまどからかろうじてみえるていどだけど、どこをみるためのものか運転士さんがみる用のでっかいかがみがこれをふさいどって、最悪の視界だ。

2017.6.3 豊岡 (121) 豊岡 - 浜坂いきふつう(キハ47-15) 1260-720
2017.6.3 豊岡 (122) 浜坂いきふつう - 豊岡 1880-1060
(121) 豊岡 - 浜坂いきふつう(キハ47-15)(122) 浜坂いきふつう - 豊岡

定刻の20時00分、豊岡をしゅっぱつ。くらやみのなかをわがだいだいいろの気動車はいく。は~な~よめは~よぎしゃ~にのって~♪ まんだみたことのない地にいく不安感と期待感に、こんなはなうたをうたう。

城崎温泉

玄武洞のつぎ、城崎温泉にとうちゃく。20時11分。ここは国鉄がた配線のえきで、ついたのはかいさつ直結のほうのホーム。列車をおりたすぐよこがかいさつってのは、じつに便利なもんだ。

2017.6.3 豊岡 (125) 城崎温泉 - 浜坂いきふつう 1900-1080
2017.6.3 豊岡 (126) 城崎温泉 - 浜坂いきふつう 1880-1080
(125)(126) 城崎温泉 - 浜坂いきふつう

かいさつをでて発車案内板をみてみると、まあはいかえりの21時31分発豊岡いきふつうが表示されとる。いまから1時間以上も列車がないことにもおどろくけど、こんなはやい時刻の列車が豊岡方面への終電であることにもおどろく。

2017.6.3 豊岡 (127) 城崎温泉=自動券売機 1080-1920 2017.6.3 豊岡 (128) 城崎温泉=かいさつ 1280-710
(127) 城崎温泉=自動券売機(128) かいさつ

えきは温泉街の玄関であり、駅舎もえきまえもじつにきれいに整備されとる。ぽかっとあいた時間をつかって、えきまえからいっぽんみちにのびる温泉街をちょこっとあるいてみる。こんなよるなのに、いっぱいひとがあるいとる。みせもぜんぶひらいとる。みんなゆかたにぞうりばきで、たのしそうにあるいとる。あー、温泉街だ。

かわまでいって、えきにひきかえす。瑞風たちより決定!のたれまくがかかっとる。このひのあさ、京都のえきでぐうぜんにもでっくわした瑞風だけど、こっちのほうにはしってくるだっただ。いや、おめでとう!

2017.6.3 豊岡 (129) 城崎温泉=駅舎 1870-920
(129) 城崎温泉=駅舎

ほれまでさびしかったえきに、きゅうにひとがふえてくる。

2017.6.3 豊岡 (130) 城崎温泉=コンコース 1280-720
(130) 城崎温泉=コンコース

じきに、かいさつ直結の4番ホームに、ステンレス車体にあかい線のはいった列車がはいってくる。おー、特急はまかぜだ! 豊岡、城崎にやってくる特急は、京都からくるきのさきと、新大阪から福知山線をとおってくるこうのとりだけじゃない。新大阪始発はこうのとりといっしょだけど、三宮、姫路まわりで播但線(ばんたんせん)をとおってくる気動車特急はまかぜもあるだった。いや、電車特急きのさきとこうのとり城崎温泉どまりなのにたいして、はまかぜはさらに鳥取方面までいく。

2017.6.3 豊岡 (132) 城崎温泉 - はまかぜ 1860-1070
2017.6.3 豊岡 (133) 城崎温泉 - はまかぜ(キハ189-7) 1920-1020
(132)(133) 城崎温泉 - はまかぜ(キハ189-7)

さて、こせんきょうをわたって、3番ホームに移動。21時31分の豊岡いきふつうにのる。また、だいだいいろの気動車だ。

2017.6.3 豊岡 (134) 城崎温泉 - 浜坂発豊岡いきふつう 800-450
(134) 城崎温泉 - 浜坂発豊岡いきふつう

ふたたび豊岡

はやい時間の終電っていっても、終電は終電。車内にはけだるさがただよう。きょうのわざをなしおえたひとたちは、みんな列車のゆれにみをまかせる。いや、ほれにしてもゆれがひどいぞ。シートにこしかけてスマホいじっとるのに、「あるきスマホはやめよまい」の警告をうけちゃったよ。玄武洞のつぎ、終点豊岡にとうちゃく。21時43分。

2017.6.3 豊岡 (135) 豊岡 - 浜坂発豊岡いきふつう 1920-1080
(135) 豊岡 - 浜坂発豊岡いきふつう

となりにしろい電車特急を発見。つぎのひのあさの豊岡始発きのさき8号だったか。橋上かいさつをでて、つまのまつ豊岡グリーンホテルモーリスにもどる。

2017.6.3 豊岡 (136) 豊岡 - 特急と浜坂発豊岡いきふつう 1850-1000
(136) 豊岡 - 特急と浜坂発豊岡いきふつう

◇            ◇

  • 乗車記録 - 2017年6月みっか、どようび
    • 豊岡 20:00 → (豊岡発浜坂いきふつう) → 20:11 城崎温泉
      〔9.6km、11分、52.4km/h、200円〕
    • 城崎温泉 21:31 → (浜坂発豊岡いきふつう) → 21:43 豊岡
      〔9.6km、12分、48.0km/h、200円〕

(さんこう)

とよおか

いよいよ豊岡のまちをあるく。2017年6月みっかからよっかにかけての豊岡のたび第3弾だ。

2017.6.3 豊岡 (106) カバンクリーニング工房キヌガワ 1820-1080

えきまえ寿ロータリーと豊岡町地区整理碑出石そば稽古堂豊岡1925
生田どおりのへん豊岡小学校、豊岡市立図書館、旧豊岡県庁正門、旧豊岡中学校本館
宵田どおり(かばんどおり)のへん紀ノ川で会席料理きり

◇            ◇

えきまえ

京都からはしだて3号とこうのとり5号をのりついで豊岡にとうちゃく。12時40分。ついに山陰のまちにやってきた。橋上駅舎のかいさつをとおってえきまえにおりたつ。観光案内所でまちの地図をもらって、どっかひるをたべるいいみせがないかきく。ここ豊岡は但馬の中心都市。ここまできたらあの有名な但馬牛(たじまぎゅう)をたべたいっておもっただけど、あるいていけるみせはないっていう。おしえてくれたのが出石そば(いずしそば)のみせ。たしかにこれも有名だけど、出石っていまでこそ豊岡市の一部になっとるけど、豊岡のとなりまちじゃんっておもいつつも、したがうことに。

2017.6.3 豊岡 (76) 豊岡駅=橋上駅舎 1850-1050
(76) 豊岡駅=橋上駅舎

えきはひがしが正面になるだけど、こっから3本のめぬきどおりがのびとる。アイティっていうおおがたこうりてんのみぎから、まっすぐひがしにのびるのが大開どおり(だいかいどおり)。ほれよりまあちょっとみぎのとこからみぎ30度の方向にはいってちょこっといって、ほのあと大開どおりと平行にひがしにのびるのが生田どおり。アイティのうらから、ひだり30度の方向にのびるのが寿どおり。以上3本のめぬきどおりのなかで、大開どおりが市役所も面するいちばんのめぬきどおりになるだけど、すべての街路がこれを基準に碁盤のめのように東西南北にはしる。ほんななかで寿どおりだけが例外的にななめにのびとるだけど、おしえてくれた出石そばのみせにいくべく、この寿どおりにはいっていく。

2017.6.3 豊岡 (75) アイティ 1920-1080
(75) アイティ

寿ロータリーと豊岡町地区整理碑

のどかなとおりだ。歩道もなくみせがぱらぱらとならぶ寿どおりをしばらくいって、ロータリーにつきあたる。ななめにはしる寿どおりが東西南北にはしる街路の十字路とまじわるとこで、つごう6差路になるだけど信号はない。6方向からくるすべてのクルマは、いったんみぎまわり一方通行のロータリー外周の環状路にはいって、また、すきな方向にでていくっていう寸法だ。左折ではいって左折ででていくで、信号がいらんだ。このロータリーを寿ロータリーっていう。ぐるぐるまわるクルマにめがまわりそうになりながら、ロータリーのまんなかにある銅像のとこにいってみる。中江種造っていうひとの銅像で、「1925年3月豊岡町これをたつ」ってかいてある。郷土の偉人にちがいないだけど、あとでしらべると鉱山王として大成功をおさめた人物らしい。

2017.6.3 豊岡 (78) 中江種造翁寿像 1870-1050
(78) 中江種造翁寿像(77) 中江種造翁寿像 - 1925年3月豊岡町これをたつ

銅像のほかに、豊岡町地区整理碑っていうおおきないしぶみもある。知識がなくてようわからんだけど、1925年の北但地震からの復興にあたって、耕地整理の手法で豊岡のまちに碁盤のめのように東西南北にはしる街路を整備したことを記念してのもんらしい。このあとあちこちをあるくだけど、整然とした街路はみごとなもんだ。

2017.6.3 豊岡 (80) 豊岡町地区整理碑 1040-1850
(80) 豊岡町地区整理碑

出石そば

さて、寿ロータリーに面して出石そばのみせはあった。そば福っていうなまえのみせで、けっこうなしにせだ。常連客らしいひとたちもなんにんかはいってきた。そばをたべるあいだ、みせのおくさんとはなしをしていろんなことをきく。むかしは柳行李(やなぎごおり)が特産で、たんぼのうらさくにやなぎをいっぱいつくっとったこと。柳行李がすたれて、かわりにかばんが特産になったこと。

2017.6.3 豊岡 (83) そば福 - 出石そば 800-450
(83) そば福 - 出石そば

稽古堂

そばは10さらにとどめ、寿ロータリーからみなみにあるく。しばらくいって大開どおりにあたるとこで稽古堂(けいこどう)にとうちゃく。1925年の北但地震からの復興として1927年に完成した豊岡町庁舎だけど、じつにうつくしい。あたらしい豊岡市庁舎の建設にともなってほのみなみに移転し、2013年に豊岡藩校「稽古堂」のなまえをあたえられて新装開業。1階と3階を市民の利用に供して、2階を議場としてつかっとるとのこと。

2017.6.3 豊岡 (89) 稽古堂 1860-1080
(89) 稽古堂(みなみに大開どおりに面する)

なかにはいってみる。大理石をつかったどっしりとおちついた内装。うつくしい階段。うつくしいまど。1927年っていうむかしに、こんなりっぱなたてもんをつくっとった豊岡のすごさよ。2017年のいまからまた将来にわたって、こんないいものをつかいつづける豊岡のひとたちのかしこさよ。

2017.6.3 豊岡 (84) 稽古堂=1階ロビー 1860-1050
2017.6.3 豊岡 (85) 稽古堂=階段 720-1280 2017.6.3 豊岡 (86) 稽古堂=まど 800-450
(84) 稽古堂=1階ロビー(85) 階段(86) まど

2017.6.3 豊岡 (87) 稽古堂=説明がき 960-750
稽古堂は、豊岡藩主京極高行(きょうごくたかゆき)が江戸時代后期に創設した藩士のこどものための学校(藩校)である。
「稽古」とは、むかしのことをしらべ、いまなすべきことはなにかをただしくしることをいう。「稽古堂」の文字は、天皇のちかくにつかえとった藤原(日野)資愛(すけなる)による。
藩校には藩士のこをはじめ、庶民や他藩のものも入学できた。ほのなかから浜尾新(はまおあらた)(東京帝国大学総長)や久保田譲(くぼたゆずる)(文部大臣)などの優秀な人材がそだった。また、池田草庵(いけだそうあん)も教授として講義をおこなっとった。
なお、この扁額は、豊岡藩主の子孫である京極高晴氏から2013年7月に豊岡市へ寄贈していただいた。
(87) 稽古堂扁額=説明がき(1階ロビーのかべにかかげられとるもの)

豊岡1925

大開どおりをへだてて、稽古堂のみなみむかいに豊岡1925っていうたてもんがある。稽古堂にまけん、風格のあるたてもんだけど、これもやっぱり1925年の北但地震からの復興建築で、1934年に兵庫県農工銀行豊岡支店として開業。ほのあと豊岡市役所南庁舎別館に転用されてつかわれとったものを、ホテルや食堂、喫茶、おかしの展示販売所などのはいった集客施設として2014年に新装開業したもんだ。いいものをながくつかいつづけるって、いいこころがけだね。じつは、ひるに出石そばをたべとるときにこの豊岡1925で食事ができるっていうことをしって、ばんごはんの予約電話をいれただけど、あいにく満席でかなわんかった。

2017.6.3 豊岡 (88) 豊岡1925 1920-1080
(88) 豊岡1925

生田どおりのへん

豊岡1925をみたあとは、いったんホテルににもつをおきにいく。ホテルは豊岡グリーンホテルモーリスっていうホテルで、大開どおりのみなみに平行する生田どおりをえきの方向にちょっともどったとこにある。

まずはみなみにむかったとこで、ふるびた銭湯を発見。京極湯って、豊岡藩主京極家からなまえをとったのか。やっとるのかやっとらんのかはわからんかった。

2017.6.3 豊岡 (90) 京極湯 1920-1080
(90) 京極湯

ほいから、ふるびたかばんやさんも発見。豊岡の特産であるかばんをうるみせは、あとでいく宵田とおりにあつまっとるだけど、こんなとこにもはなれてあった。いや、しぶいみせがまえだ。

2017.6.3 豊岡 (91) かばんやさん(デコンプラボラトリー) 1700-1030
(91) かばんやさん(デコンプラボラトリー)

じきに生田どおりにでて、これをにしにすすむ。うなぎやさんやら会席料理のみせやらスナックやらがあって、なんだかよるのまちってかんじもする。よこみちにあおぞらいちばってのもある。いった時間はなんにもやってなかったけど、あさいちとかやっとるのか。ホテルからちかく、つぎのひのあさにいってみやよかっただけど、わすれちゃった。ざんねん。ほいから、はんたいのよこみちには、たてもんとたてもんのあいだに木製のアーケードをかけたふれあい公設市場ってのもあって、興味ぶかくとおりぬけてみる。ホテルはあたらしくておおきなたてもんで、すぐにわかった。にもつをあずけて、またまちあるきにでる。

豊岡小学校、豊岡市立図書館、旧豊岡県庁正門、旧豊岡中学校本館

こんどは生田どおりよりもみなみ、まちの東南部方面にいく。学校や図書館のある文教地区だ。

豊岡小学校

ホテルから生田どおりをしばらくひがしにいったとこで、みなみがわに豊岡小学校がみえる。こった意匠の鉄筋コンクリート3階だての堂々たる校舎が、しきちのおくのほうにあるのがわかる。さらに、小学校のひがしがわからみなみにまわりこむとちゅう、かわのうえの公園やりっぱな土蔵とレンガ塀の旧家があったりする。

2017.6.3 豊岡 (92) 豊岡小学校 1280-600
2017.6.3 豊岡 (93) ひまわり公園 1920-1080 2017.6.3 豊岡 (94) 旧家 770-450
(92) 豊岡小学校(93) ひまわり公園(94) 旧家

豊岡市立図書館

みなみにまわりこんだとこで、おーっ! なんちゅうりっぱな図書館だ。りっぱっちゅうだけじゃなくて、おちついた外装に三角やねで、ようまちなみに調和しとる。

2017.6.3 豊岡 (97) 豊岡市立図書館 1060-1880
2017.6.3 豊岡 (95) 豊岡市立図書館 800-450
(97)(95) 豊岡市立図書館

図書館のしきちをとおりぬけて、さらみみなみにでたとこに武家屋敷が。っておもったら、民家だった。となりのこうのとりのついたたてかんばんは、神武山公園(じんむやまこうえん)へのいりぐちのしるしだ。この公園はちょっとしたやまのうえにあるだけど、まんだつづくまちあるきのための体力を温存するために、みおくり。あとでしらべたら、豊岡城のあとを公園にしたもんだった。

2017.6.3 豊岡 (98) 神武山公園いりぐち 800-450
(98) 神武山公園いりぐち

旧豊岡県庁正門

神武山公園を迂回すべくひがしにちょっといったとこで、こんな門を発見。いまは豊岡市立図書館のいりぐちになっとるこの門だけど、じつは旧豊岡県庁の正門だった。明治のはじめ、1870年から1876年までっていうみじかいあいだではあるけど、豊岡県っていう県があっただ。

2017.6.3 豊岡 (100) 旧豊岡県庁正門(豊岡市立図書館いりぐち) 1870-1080
(100) 旧豊岡県庁正門(豊岡市立図書館いりぐち)

2017.6.3 豊岡 (99) 豊岡陣屋あとと旧豊岡県庁正門の説明がき 1920-1080
【旧豊岡県庁の正門】
旧豊岡県庁門は、1870年、当時の久美浜県(現京都府熊野郡久美浜町)の県庁建設にともなってつくられたもので、翌1871年、豊岡県に合併されたさい、庁舎とともに現在のばしょに移築された。
1876年に豊岡県は兵庫県京都府に分割され、ほのあと、城崎郡役所として利用されたけど、1923年の改築を機に庁舎のみふたたび久美浜町に移築され、現在、神谷神社社務所(京都府指定文化財)となっとる。
旧県庁正門は、よこはば8.4メートル(かわらやね部分よこ13.2メートル)、たかさ7.6メートルのそうけやきづくりの脇戸付薬医門(わきどつきやくいもん)で、豊岡県庁当時のゆいつのあかしとして、豪壮なすがたをいまにつたえとる。
(99) 豊岡陣屋あとと旧豊岡県庁正門の説明がき

旧豊岡中学校本館

神武山公園をみなみにまわりきったとこで、達徳会館にとうちゃく。豊岡高校の一角にたつ洋館で、旧豊岡中学校の本館だ。1941年の校舎たてかえでとりこわされそうになったもんを、卒業生の尽力で移転、保存されとるもんだっていう。いや、しかしみごとなたてもんだ。兵庫県内では姫路西高校についでふるいのがこの豊岡高校とのことで、このことからも豊岡の重要性がわかる。

2017.6.3 豊岡 (101) 達徳会館(旧豊岡中学校本館) 1080-1180
2017.6.3 豊岡 (103) 達徳会館(旧豊岡中学校本館) 1080-1180
(101) 達徳会館(旧豊岡中学校本館)(東南から)(103) (西南から)

達徳会館(旧豊岡中学校本館)の説明がき
1896年に、兵庫県豊岡尋常中学校の本館としてたてられたたてもんです。明治時代前半に流行した、洋風建築の意匠と木造かわらぶきなど和風建築の要素をあわせもつ「擬洋風建築」ってよばれる様式でたてられております。
玄関ポーチの円柱上部には古代ローマ建築を連想させるくさかざりを、2階まどにはルネッサンス様式をもとにした三角形のかざり(ペディメント)をほどこしてはなやかさをきわだたせております。また、たてもんのよすみにはすみばしらをあらわした模様をはり、対称的かつ堂々とした印象をあたえております。
1941年、校舎の改築のさい、このたてもんの消滅をおしんだ卒業生たちのてによって現在地に移築されました。ほのとき、同窓会の名称をとって「達徳会館」ってよばれるようになり、いまも同窓生らによってたいせつにまもりつたえられております。
(102) 達徳会館(旧豊岡中学校本館)の説明がき

宵田どおり(かばんどおり)のへん

こんどは、まちの東部を南北にはしる宵田どおりをみにいく。豊岡の特産のかばんをうるみせをあつめて、かばんどおりの別名もつけてうりだしちゅうとのこと。観光案内所でもらったまちの地図をみて、しった。

豊岡高校からひがしにほのままちょこっとすすんで、宵田どおりのみなみはしにでる。このへんはまんだ「かばんどおり」じゃないみたいだ。こっからきたにすすむ。かばんやさんはなくてもいくつかみせはある。ほかに、ふるい商家なんかもあったりする。

2017.6.3 豊岡 (104) 商家 1500-920
(104) 商家

神武山公園からひがしまわりにまわったときにみた、かわのうえの公園のはんたいがわをすぎたへんから「かばんどおり」ははじまる。なかに、「柳行李もなか」をうるあまのじゃくな和菓子やさんも。ほのうち、「かばんもなか」にかわるのか。

2017.6.3 豊岡 (105) ちから餅本舗宵田店 1920-1080
(105) ちから餅本舗宵田店

みぎにひだりに、かばんやさんをひやかしながらきたにすすむ。とちゅう、ひだりてに但馬信用金庫本店のりっぱな店舗もあったりする。だいたいじもとの銀行の本店ってのはふるくからのまちんなかにあるもんなだけど、この宵田どおりもきっとふるくからあるまちなだな。

ほの但馬信用金庫本店のむかいに、一見クリーニングやさんかってかんじのみせがあった。けど、クリーニングすべき洋服もワイシャツもないぞ。けっきょくなんだかわからんかっただけど、あとでしらべてみたら、かばんのクリーニングやさんだってことがわかった。うっとるかばん、正直、ねのはる高級品ばっかりなだけど、たかくてもいいものをもちものとして、クリーニングにだしたりしてながくだいじにつかうってのが豊岡の流儀なだね。さすが、かばんのまちだ。

2017.6.3 豊岡 (106) カバンクリーニング工房キヌガワ 1820-1080
(106) カバンクリーニング工房キヌガワ

じつは、たびのまえからあたらしいリュックがほしいっておもっとった。かばんのクリーニングやさんからちょっときたにすすんだ豊岡まちなかステーションってとこにもかばんをうっとって、ほこでおねえさんが熱心にリュックの説明をしてくれる。まあちょっとでかうってとこまでいっただけど、けっきょく、さいしょにはいったフラックス・ケイっていうみせにもどって、さいしょにわがこころをとらえた、ポケットのふただけちゃいろいかわの、からしいろのリュックをかう。

2017.6.3 豊岡 (109) フラックス・ケイ - リュックサック 690-920
(109) フラックス・ケイ - リュックサック

リュックをかったあとも、また、あっちこっちかばんやさんをひやかしてきたにすすんで、大開どおりとの交差点にでる。かばんどおりはここまでだ。交差点からすぐひがしははしになるだけど、交差点の東南かどに「大石りく女生誕の地」っていういしぶみがある。大石りくってのは、ごぞんじ大石内蔵助(おおいしくらのすけ)のつまなだけど、ここ豊岡のでってことで、このいしぶみ以外にもりくのなまえをかかげる看板があったりした。はしまでいって、かわをながめる。これがあの有名な円山川(まるやまがわ)かっておもってかえっただけど、あとでしらべたら、円山川はまあひとつひがしのかわで、これは戸牧川(とべらがわ)っていうかわだった。

2017.6.3 豊岡 (107) いしぶみ - 大石りく女生誕の地 720-1280 2017.6.3 豊岡 (108) 戸牧川(とべらがわ) 1890-1060
(107) いしぶみ - 大石りく女生誕の地(108) 戸牧川(とべらがわ)

ホテルにもどるべく大開どおりをにしにすすむ。りょうがわにアーケードつきの歩道があるりっぱなとおりで、豊岡いちばんのめぬきどおりなだけど、ほのわりにはひとどおりがすくなかったか。稽古堂、豊岡1925のへんからみなみにいって、生田どおりの豊岡グリーンホテルモーリスにもどる。宿泊てつづきをして、ここではじめてへやにはいっただけど、あたらしくて、きれい、へやもひろい、大浴場がある、朝食つきなのにやすい、ってことで、なかなかいいホテルだったよ。いちばんは、大浴場があるってことだね。にほんじんがとまるやどには大浴場がなきゃ。

紀ノ川で会席料理

ばんごはんは、ホテルからちょっとひがし、おんなじ生田どおりに面したふれあい公設市場のなかの紀ノ川っていうみせでとることにした。注文したのは会席料理。いや~、つぎつぎに料理がでてくる。このねだんでこんなにでてくるのかってかんじ。おねえさんも、この料理はなに、この料理はなにって、ひとしなだすごとに説明していってくれるだけど、アクセントが関西アクセントのため、東国アクセントの三河ことばを母語とするじぶんにはじゅうぶんにききとれんかったのがちょっとくやしい。

2017.6.3 豊岡 (110) 紀ノ川 1800-1080 2017.6.3 豊岡 (112) 紀ノ川 1240-720
2017.6.3 豊岡 (113) 紀ノ川 1280-720 2017.6.3 豊岡 (114) 紀ノ川 1880-1080
2017.6.3 豊岡 (115) 紀ノ川 1080-1920
(110)(111)(112)(113)(114)(115) 紀の川 - 会席料理

きり

よくあさめをさますと、ホテルのまわりはきり。豊岡名物きりにおもわずうれしくなる。円山川がもたらすものらしい。ホテルでバイキングのあさごはんをたべたあとは、えきから列車にのって、豊岡の地をあとにする。

2017.6.4 天橋立 (1) 豊岡グリーンホテルモーリスから東南をみる 1870-870
2017.6.4 天橋立 (2) 豊岡グリーンホテルモーリスからひがしをみる 1280-720 2017.6.4 天橋立 (3) 豊岡グリーンホテルモーリスからにしをみる 1830-1030
(1) 豊岡グリーンホテルモーリスから東南をみる(2) ひがしをみる(3) にしをみる


(さんこう)

  • やま、また、やまをこえて豊岡まで - はしだて3号とこうのとり5号をのりついで - あきひこゆめてつどう|2017/06/10
    • 豊岡のたび第2弾になる。名古屋から京都までのようすはぜんかい紹介したとこだけど、こんかいは、京都から豊岡までの山陰線区間のようすを紹介する。
  • のぞみ、瑞風、はしだて - 豊岡のたびの第一歩 - あきひこゆめてつどう|2017/06/06
    • こないだの土日、2017年6月みっかとよっかで豊岡のたびにいってきただけど、こんかいはほの第一歩の名古屋から京都までのようすを紹介する。
  • きりのまち豊岡♪|いわせあきひこ|フェースブック|2017年6月4日6:34
  • きょうは豊岡の割烹料理やさんで、おつくりおまかせコース♪|いわせあきひこ|フェースブック|2017年6月3日18:18
  • 悠紀斎田と西尾鉄道 - あきひこゆめてつどう|2016/09/22
    • 1900年、全国で耕地整理法が施行され、中島村(なかじまむら)ではいちはやくこれを実施。1911年、西尾と岡崎をむすぶ西尾鉄道が開通し、中島村にもえきができる。1915年、大正天皇即位にともなう大嘗祭(だいじょうさい)につかう新米を生産する悠紀斎田(ゆきさいでん)にえらばれた中島村のたんぼで、おたうえ式がおこなわれる。全国からあつまってくるおたうえ式参観者の輸送に西尾鉄道はだいかつやく。
    • 中島村の耕地整理については、さいしょにかいたとおり全国でもいちはやく実施されたもんだけど、耕地整理前后の地図をくらべてみると、ほのすばらしさがようわかる。不整形で面積もちいさなたんぼやはたけが、整形で面積もおおきなものにかわっとる。じつにみごとだ。中島村での実施をかわきりに、六ツ美(むつみ)地区全域にひろがっていったとのこと。
  • 豊岡中心市街地|第2章 豊岡の風景の成り立ち ~風景のものがたり~|豊岡市景観計画|2012年8月31日
    • 豊岡の中心市街地は、山陰線の開通による豊岡駅の開業、大豊岡構想にもとづく円山川の河川改修と区画整理事業(耕地整理)によって整備されてきました。
    • 1909年に豊岡駅が開業し、駅前から円山川に至る通り沿道の市街化が期待されましたが、大正に入り店舗が立地するようなったもののそれほど集積しないまま、北但大震災(1925年)により大きな被害を受け、震災復興として大豊岡構想が推進されました。区画整理事業では、東西南北方向に格子状に道路が計画される中に、駅から寿ロータリーを経由して円山川の堤防沿いに再建される県道に至る斜めの道路が計画されました。放射状道路の通る街路整備とあわせて、上水道の整備など都市の骨格づくりが進みました。
    • このとき大開通りが整備され、その中央にシビックセンターとして町役場や公共施設を集中させ、公設市場もつくられ、都市の中心として位置づけられました。戦前の大開通りにはプラタナス並木が続き、但馬の中心商業地として賑わいました。戦前までは、この大開通りと城下町からの商業地である宵田通りが中心であり、鉄筋コンクリート造の洋風モダンな復興建築が多く建てられました。区画整理事業は、現在の北近畿タンゴ宮津線付近まで区域に入っていますが、復興で市街化したのは、大開通りから豊岡城下に至る現在の中心市街地のエリアです。
    • 現在も、多くの復興建築が残り、アーケード越しにかつての町並みを見ることができます。また、区画整理事業による敷地は町家敷地の形態を継承しており、それが商店街の景観の基本となっています。しかし、郊外のロードサイドに大規模小売店舗の出店が増加し、中心市街地への来客数の減少や後継者不足などから、空き店舗や空き地が増加して商店街の賑わいが失われつつあります。
    • 豊岡駅周辺の開発や総合健康ゾーンの整備、旧本庁舎を活かした新庁舎の建設等においては、こうしたこれまでの豊岡中心市街地に見られる先進性やデザイン性を継承することが、景観創出における課題となります。
    • また、近年、散在的に高層建物が建てられるようになってきているなかで、盆地の中心に位置する市街地から周囲の山並みへの見通しやコウノトリの舞う空の広がりと調和するまちのスカイラインなど、新たな課題がでてきています。
  • 豊岡市立交流センター「豊岡稽古堂」の利用について
    • 豊岡稽古堂は、市民の交流を促進し、文化の向上と福祉の増進を図る目的で設置しました。
    • 元の建物は、北但大震災復興建築物群の一つで、豊岡市役所庁舎として1927年に竣工しました(3階部分は1952年に増築)。
    • 新庁舎の建設に併せ、建物を曳家移転し、1階と3階の名称を豊岡稽古堂として2013年に改装しました。また、建物の2階は市議会議場となっています。
    • 名称の元となった「稽古堂」は、豊岡藩の藩校名です。
    • 「稽古」の原義は「古(いにしえ)を稽(かんが)える」、「昔のことを調べ、今なすべきことは何かを正しく知る」ことです。そこから意味が派生し、修練・学習という意味でも用いられるようになりました。
    • 「豊岡稽古堂」の名称は、修練、学習の精神を紡ぐ場として、また、豊岡の歴史を受け継いでいく象徴として制定したものです。
  • 「豊岡1925(いちきゅうにいごお)」が開業しました!|コウノトリの飛ぶまち豊岡市へようこそ
    • 2014年4月18日、旧市役所南庁舎別館の改修工事が終わり、新しく「豊岡1925(いちきゅうにいごお)」として開業しました。
    • 1階の吹抜けには、菓子の展示販売を行う円形のあまいもんショーケースと鞄の記念碑を設置しています。元々金庫があった場所には、販売するお菓子の在庫が入っており「菓子金庫」となっています。カフェ・レストランでは、広い空間を楽しんでいただける他、元応接室の個室も準備しています。
    • 2階には、倉庫を改修した多目的室、応接室があり、開業最初の企画展として、文筆家甲斐みのりさんの「お菓子の包み紙コレクション」の中からお菓子と併せて日本各地のかわいらしい包装紙・箱・紙袋が展示された「甲斐みのり『お菓子の旅』」が開催されています(2014年5月6日まで)。
    • 1階と2階には合わせて5室の宿泊室があり、「昭和の豊岡に泊まる」をあいことばにしつらえています。
    • 地下にはバーが設けられており、さまざまなカクテルを楽しんでいただけます。
  • オーベルジュ豊岡1925の歩み|豊岡のホテル・レストラン・結婚式 - オーベルジュ豊岡1925
    • 1925年は、豊岡に壊滅的な被害をもたらした「北但大震災」が発生した年です。当時の人々は、地震・火事に強い町を目指して、道路幅拡大や、耐火建築の促進に取り組みました。
    • その震災復興建築として、1934年に建てられたのが、「兵庫県農工銀行豊岡支店」です。設計は関西を拠点に活躍した渡辺節が手掛け、1階開口部上部のアーチ、レリーフなど当時の洋風建築の要素を取り入れた重厚な造りとなりました。長年、人々の生活を支える銀行として活躍したのち、豊岡市役所の南庁舎別館として利用されてきました。現在は、近代化遺産として、登録有形文化財に指定されています。
    • 豊岡の街並みの大きな特徴となっている「寿ロータリー」も同時期に整備されたものです。碁盤状の市街地にシンボリックな空間を創り出し、当時の地方都市としては近代的な街並みが実現していきました。こうして、今の豊岡の街並みが作り上げられました。
    • 1925年は、近代化への道を踏み出した現在の豊岡の始まりの年なのです。
    • 同時期の世界に目を向けてみると、自動車、豪華客船、飛行船といった機械や、ラジオ、映画という新たなメディアの普及により、生活が激変していった年でもあります。パリでは、パリ万国博覧会が開かれ、アール・デコという言葉が誕生しました。
    • 豊岡が、日本が、世界が近代化に向けて動き出していた1925年。
    • 当時の人々はどんな「夢」を描いていたのでしょうか。その「夢」に少しだけ思いを馳せながら、昭和の時代に時間移動できる「駅」をかんがえかたの基本として、「兵庫県農工銀行豊岡支店跡」は「豊岡1925」に生まれ変わりました。

やま、また、やまをこえて豊岡まで - はしだて3号とこうのとり5号をのりついで

豊岡のたび第2弾になる。名古屋から京都までのようすはぜんかい紹介したとこだけど、こんかいは、京都から豊岡までの山陰線区間のようすを紹介する。

2017.6.3 豊岡 (38) 福知山 - はしだて3号とこうのとり5号 1920-1080

◇            ◇

2017年6月みっかどようび10時25分、うしろに東舞鶴いきまいづる3号を連結したわが天橋立いきはしだて3号が京都駅31番のりばをしゅっぱつ。こっから目的地の豊岡までおおざっぱに西北方向にすすんでいく。

2017.6.3 豊岡 (11) 京都 - はしだて、まいづる 1920-1080
(11) 京都 - はしだて3号、まいづる3号

畿内はすぐにぬけて、亀岡からまあはい山陰は丹波のくににはいっとる。じきに園部(そのべ)にとうちゃく。運転士さんが交代。ここまでが嵯峨野線(さがのせん)の愛称もつく京都近郊区間だでか。

2017.6.3 豊岡 (21) はしだて3号 - 園部 1150-720
(21) はしだて3号 - 園部

園部をでてから左右はやま、やま、やまの連続となる。わがはしだて3号はひるむことなくぐいぐいとすすむ。

2017.6.3 豊岡 (22) はしだて3号 - やま 800-450
2017.6.3 豊岡 (23) はしだて3号 - やま 800-450
(22)(23) はしだて3号 - やま

やまんなか、日吉っていうえきで園部いき快速といきちがい。むこうがホームにとまっとるあいだに、こっちはみぎがわ通行でとおりすぎていく。

2017.6.3 豊岡 (24) はしだて3号 - 日吉(園部いき快速) 1760-990
(24) はしだて3号 - 日吉(園部いき快速)

ひきつづいて、やま、やま、やまの連続。

2017.6.3 豊岡 (25) はしだて3号 - やま 1280-720
(25) はしだて3号 - やま

のっとってはっきりわかっただけど、わがはしだて3号は、ほれまでののぼり勾配からくだり勾配にはいった。分水嶺(ぶんすいれい)をこえて、太平洋がわの流域から山陰がわの流域へとうつっただ。やま、やま、やまの景色はつづく。

2017.6.3 豊岡 (26) はしだて3号 - やま 1280-720
(26) はしだて3号 - やま

和知(わち)っていうえきでいきちがい。おー、山陰線にこんなしゃれた列車がはしっとるのか。わがはしだて3号のそっけない車両と対照的で、のっとるひとたちもとってもたのしそうにみえる。あとでしらべてわかっただけど、これものぼりのはしだて2号で、のりいれさきの京都丹後鉄道の車両、KTR8000がた気動車で運行されとるもんだった。ちなみにこっちは電車だ。

2017.6.3 豊岡 (27) はしだて3号 - 和知(はしだて2号) 1280-720
2017.6.3 豊岡 (28) はしだて3号 - 和知(はしだて2号) 1280-720
(27)(28) はしだて3号 - 和知(はしだて2号)

電車はすすんで、地形がちょっとひらけてくる。

2017.6.3 豊岡 (29) はしだて3号 - さと 1280-720
(29) はしだて3号 - さと

綾部(あやべ)にとうちゃく。園部をでて以来の停車駅だ。ここで、うしろのまいづる3号はきりはなされて、みぎうしろにスイッチバックして舞鶴線にはいっていく。ホームにおりてきりはなしのばめんをみたかったとこだけど、おいてきぼりがおそがくてようホームにおりんかった。

2017.6.3 豊岡 (30) はしだて3号 - 綾部 1280-720
2017.6.3 豊岡 (31) はしだて3号 - 綾部 1920-1080
(30)(31) はしだて3号 - 綾部

みぎに側線群をみながら、綾部をしゅっぱつ。

2017.6.3 豊岡 (32) はしだて3号 - 綾部しゅっぱつ 1920-1080
(32) はしだて3号 - 綾部しゅっぱつ

かわをわたる。あとでしらべたら、福知山盆地をながれる大河、由良川(ゆらがわ)の支流で、土師川(はぜがわ)っていうかわだった。

2017.6.3 豊岡 (33) はしだて3号 - みぎてに土師川 720-1080 2017.6.3 豊岡 (34) はしだて3号 - みぎてに土師川 720-1080
(33)(34) はしだて3号 - みぎてに土師川

車内放送にうながされてみてみると、土師川をわたったすぐみぎに福知山城がみえる。おー。

2017.6.3 豊岡 (35) はしだて3号 - みぎてに福知山城 950-1650
(35) はしだて3号 - みぎてに福知山城

11時44分、福知山にとうちゃく。京都からここ福知山まで88.5km、1時間19分、67.2km/h。まっとおそい表定速度を予想しとっただけに、70キロにちかい数字は意外だ。速度感もあった。高架のホームにおりると、きたに福知山のまちがひろがるのがみえる。

2017.6.3 豊岡 (36) 福知山のまち 1280-720
(36) 福知山のまち

さて、のりかえだ。はしだて3号はこのさき、山陰線からみぎに分岐する京都丹後鉄道の線にはいっていっちゃうで、こうのとり5号にのりかえるだ。こうのとりは新大阪を起点に福知山線をとおってここ福知山から山陰線にはいって、豊岡、城崎(きのさき)までいく特急だ。われわれははしだてからこうのとりにのりかえたけど、こうのとりからはしだてにのりかえたひともおったはずだ。おんなじホームでののりかえができるようにして、ここ福知山が鉄道交通の十字路としてじゅうぶんに機能するようにしとる。

2017.6.3 豊岡 (38) 福知山 - はしだて3号とこうのとり5号 1920-1080
(38) 福知山 - はしだて3号とこうのとり5号

のっぺらがおのはしだて3号から流線形のこうのとり5号にのりかえ。車両形式は、はしだて3号があたらしい287系で、こうのとり5号が北陸線しらさぎでもつかわれとったふるい289系。ただ、こうのとり5号にのりこんでみても、車内ははしだて3号とかわりない。

2017.6.3 豊岡 (37) 福知山 - こうのとり5号 1850-1040
2017.6.3 豊岡 (39) こうのとり5号=グリーン車 1920-1080
(37) 福知山 - こうのとり5号(39) グリーン車

はしだて3号でとうちゃくしてからわずか2分あとの11時46分にこうのとり5号は福知山をしゅっぱつ。ぐいーんってみぎにまがりながら、高架の線路を豊岡、城崎にむかっていく。

2017.6.3 豊岡 (40) こうのとり5号 - 福知山しゅっぱつ 1750-1030
(40) こうのとり5号 - 福知山しゅっぱつ

電車はやまざとをにしにすすむ。由良川水系から円山川(まるやまがわ)水系へとうつるだ。

2017.6.3 豊岡 (41) こうのとり5号 - やまざと 1280-720
(41) こうのとり5号 - やまざと

水量ゆたかなおがわがながれる。

2017.6.3 豊岡 (42) こうのとり5号 - やまざと 720-1080
(42) こうのとり5号 - やまざと

やまざとのふうけいがつづく。

2017.6.3 豊岡 (43) こうのとり5号 - やまざと 1920-1080
(43) こうのとり5号 - やまざと

わがこうのとり5号は速度感をもってすすむ。

2017.6.3 豊岡 (45) こうのとり5号=指定席 800-450
2017.6.3 豊岡 (44) こうのとり5号=自由席 1280-720
(45) こうのとり5号=指定席(44) 自由席

梁瀬(やなせ)っていうえきを通過。このえきが但馬のくにのさいしょのえきで、まあはい丹波のくにをぬけとっただ。

2017.6.3 豊岡 (46) こうのとり5号 - 梁瀬 1600-900
(46) こうのとり5号 - 梁瀬

だいぶ土地がひらけてきて、おおきなかわをわたる。あとでしらべると、これが下流で豊岡につながる円山川だった。車内放送がはいって、ひだりてとおくに天空のしろ竹田城があるっていったけど、ようわからんかった。

2017.6.3 豊岡 (47) こうのとり5号 - やまざと 1920-1080
(47) こうのとり5号 - やまざと

かわをわたってじきに和田山にとうちゃく。えきのきたには、ひろいあきちをへだてておおきな廃屋や給水塔のようなものがみえる。ここは播磨(はりま)のくには姫路からくる播但線(ばんたんせん)が合流してくるとこなだけど、往年は車両基地もそなえた、だだっぴろい構内のえきだったにちがいない。はんたいからこうのとり14号がやってきて、いきちがい。

2017.6.3 豊岡 (48) こうのとり5号 - 和田山 1790-1000 2017.6.3 豊岡 (49) こうのとり5号 - 和田山 1080-1920
2017.6.3 豊岡 (49-1) こうのとり5号 - 和田山 1080-960
(48)(49)(49-1) こうのとり5号 - 和田山

和田山をでるとおおきくきたにむきをかえるだけど、また地形がけわしくなって、しばらくみぎてに「のこぎりやま」がみえつづけたりする。なんていうやまだったのか。

2017.6.3 豊岡 (50) こうのとり5号 - やま 880-1050
(50)(51) こうのとり5号 - やま

かわをわたる。

2017.6.3 豊岡 (52) こうのとり5号 - やま 1700-960
(52) こうのとり5号 - やま

八鹿(ようか)っていうえきにとうちゃく。JR西日本の近郊がた電車といきちがい。あとでしらべると、城崎温泉発福知山いきのふつうだ。なるほど山陰線も城崎温泉までは電化区間だで、京阪神でかつやくする近郊がた電車がはしっとってもいいわけだ。

2017.6.3 豊岡 (53) こうのとり5号 - 八鹿 960-1700 2017.6.3 豊岡 (53-1) こうのとり5号 - 八鹿 960-720
2017.6.3 豊岡 (54) こうのとり5号 - 八鹿 1920-1080
(53)(53-1)(54) こうのとり5号 - 八鹿

また地形がひろがって、たうえをしてまもなさそうなたんぼがみえる。

2017.6.3 豊岡 (55) こうのとり5号 - さと 1280-720
(55) こうのとり5号 - さと

江原にとうちゃく。こっから出石鉄道(いずしてつどう)がみぎに分岐しとっただ。

2017.6.3 豊岡 (56) こうのとり5号 - 江原 1040-720 2017.6.3 豊岡 (57) こうのとり5号 - 江原 1080-1920
2017.6.3 豊岡 (57-1) こうのとり5号 - 江原 1080-960
(56)(57)(57-1) こうのとり5号 - 江原

いよいよ地形はたいらかになって、たんぼはますますひろがる。

2017.6.3 豊岡 (58) こうのとり5号 - さと 1920-1080
(58) こうのとり5号 - さと

たんぼがおわって、まちになってくる。いよいよ豊岡だ。

2017.6.3 豊岡 (59) こうのとり5号 - まち 1920-1080 2017.6.3 豊岡 (60) こうのとり5号 - まち 1520-1000
2017.6.3 豊岡 (61) こうのとり5号 - まち 1250-1030 2017.6.3 豊岡 (62) こうのとり5号 - まち 1140-1000
2017.6.3 豊岡 (63) こうのとり5号 - まち 1760-880
(59)(60)(61)(62)(63) こうのとり5号 - まち

さいしょにだだっぴろい側線群と、ほこにとまるだいだいいろの列車がみえてくる。豊岡のえきがこんなにだだっぴろい構内をもつってことが、ここ豊岡が山陰は但馬のくにの中心都市であることをものがたる。

2017.6.3 豊岡 (64) こうのとり5号 - 豊岡 1920-1080
(64) こうのとり5号 - 豊岡

山陰海岸ジオライナーもとまっとる。但馬のくにの中心都市、豊岡とにしどなりの因幡(いなば)のくにの中心都市、鳥取をむすぶために、2011年から投入された臨時快速列車だ。

2017.6.3 豊岡 (65) こうのとり5号 - 豊岡 1810-1020
(65) こうのとり5号 - 豊岡

12時40分、ひだりがわにJR西日本の近郊がた電車のとまるホームのみぎがわに、わがこうのとり5号がとうちゃく。福知山からここ豊岡まで59.9km、54分、66.6km/h。やっぱりこの66.6キロっていう表定速度は、このかんの地形、線形をかんがえると健闘しとるじゃないかな。

2017.6.3 豊岡 (67) 豊岡 - こうのとり5号 1920-1080
(67) 豊岡 - こうのとり5号

こうのとり5号がホームにおるうちに、はんたいから特急電車がはいってくる。きのさき16号だ。城崎温泉からきて京都までいく。

2017.6.3 豊岡 (68) 豊岡 - きのさき16号とこうのとり5号 1780-1080
2017.6.3 豊岡 (69) 豊岡 - きのさき16号とこうのとり5号 1280-720
(68)(69) 豊岡 - きのさき16号とこうのとり5号

はしだて3号ときのさき16号がでていったあとも、近郊がた電車はまんだとまっとる。時間からみて、福知山-豊岡間を往復するふつうがおりかえししゅっぱつをまっとるとこか。

2017.6.3 豊岡 (70) 豊岡 - 回送電車 1270-720
2017.6.3 豊岡 (66-1) こうのとり5号 - 豊岡(回送電車) 990-720
(70) 豊岡 - 回送電車(66-1) こうのとり5号 - 豊岡(回送電車)(ホームにとうちゃくしたときのもん)

さて、こせんきょうをあがって、かいさつをでる。自動改札機はなく、駅員さんがきっぷを回収してくれる。かいさつをでたとこがほのまま東西自由通路で、2011年2月13日の橋上駅化完成といっしょにできたもんだ。

2017.6.3 豊岡 (71) 豊岡=橋上かいさつ 720-1280 2017.6.3 豊岡 (74) 豊岡=橋上自由通路 1920-1080
2017.6.3 豊岡 (72) 豊岡=橋上自由通路 800-450 2017.6.3 豊岡 (73) 豊岡=橋上自由通路 800-450
(71) 豊岡=橋上かいさつ(74) 東西自由通路(72) (ひがしむき)(73) (にしむき)

えきまえひろばにおりる。ふりかえって、駅舎の「こうのとりがはばたくようななみがたやね」をかくにん。

2017.6.3 豊岡 (76) 豊岡駅=橋上駅舎 1850-1050
(76) 豊岡駅=橋上駅舎

えきまえからまっすぐひがしにのびるのが豊岡のめぬきどおり、大開(だいかい)どおりで、ほの起点のひだりがわにそびえるのがアイティっていうおおがたこうりてん。

2017.6.3 豊岡 (75) アイティ 1920-1080
(75) アイティ

豊岡のまちはこの大開どおりを中心に、碁盤のめのように東西南北にきれいに街路が整備されとるだけど、ゆいつななめのとおりがある。ほれが、このアイティのうらがわから、まひがしよりもひだり30度の方向にのびる寿どおりっていうとおりで、このとおりをてはじめに豊岡のまちあるきをはじめる。

◇            ◇

  • 乗車記録 - 2017年6月みっか、どようび
    • 京都 10:25 → (はしだて3号) → 11:44 福知山
      〔88.5km、1時間19分、67.2km/h〕
    • 福知山 11:46 → (こうのとり5号) → 12:40 豊岡
      〔59.9km、54分、66.6km/h〕
    • とおしで
      〔148.4km、2時間15分、66.0km/h、4,510円*1*2

(さんこう)

*1:指定席利用

*2:じっさいには名古屋から京都までののぞみをふくめて、あんじょうから豊岡までのきっぷをかっており、この金額でのしはらいはしてない

のぞみ、瑞風、はしだて - 豊岡のたびの第一歩

こないだの土日、2017年6月みっかとよっかで豊岡のたびにいってきただけど、こんかいはほの第一歩の名古屋から京都までのようすを紹介する。

◇            ◇

いつもは名鉄西尾線の古井からしゅっぱつするだけど、こんかいはJR東海道線のあんじょうから8時36分の米原いき特別快速にのる。とちゅう、なんだか速度があがらんな~っておもったら、まえの列車のおくれが原因だっていう。けっきょく3分おくれで名古屋にとうちゃくして、新幹線にのりかえ。

のぞみ

ホームでおちゃとおかしをかいこんで、9時33分の博多いきのぞみ13号にのる。

2017.6.3 豊岡 (1) 名古屋 - のぞみ13号 1920-1080
2017.6.3 豊岡 (2) 名古屋 - のぞみ13号 800-450
(1)(2) 名古屋 - のぞみ13号

岐阜県滋賀県はあっちゅうまにとおりすぎて、きづくと鴨川だ。おー!

2017.6.3 豊岡 (3) のぞみ13号 - 京都てまえ鴨川 1840-1030
(3) のぞみ13号 - 京都てまえ鴨川

瑞風

京都にとうちゃく。みなみのはしの新幹線ホームから、きたのはしの0番線ホームに移動。ここでびっくりぎょうてん! 瑞風だ! 乗車料金がひとりなんじゅうまんえんっていう豪華漫遊列車だ。なんともいえんかんろくをただよわせて、ぴっかぴかにみがきあげられたふかみどりの車体がホームにはいってくる。

2017.6.3 豊岡 (4) 京都 - 瑞風 800-450
2017.6.3 豊岡 (5) 京都 - 瑞風 790-450
(4)(5) 京都 - 瑞風

ホームにおるみんながざわめく。

2017.6.3 豊岡 (6) 京都 - 瑞風 1870-1060
2017.6.3 豊岡 (7) 京都 - 瑞風 800-450
2017.6.3 豊岡 (19) 京都 - 瑞風 1560-1080
(6)(7)(19) 京都 - 瑞風

ホームにおるみんなが写真をとる。

2017.6.3 豊岡 (10) 京都 - 瑞風 1560-1020
2017.6.3 豊岡 (8) 京都 - 瑞風 1330-700
2017.6.3 豊岡 (20) 京都 - 瑞風 1080-1080
(10)(8)(20) 京都 - 瑞風

うちにかえってたしかめてみると、瑞風の運行開始予定は2017年6月17日。ってことは、ちょうど2週間まえの試運転だっただ。いや~、運がいい。

はしだて

さて、これからのるべき山陰線の特急はしだて3号は? つまが、みんなあっちにあるいていくけど・・・っていう。0番線を大阪よりのほうにあるいていくと、ホームがくしがたホームになっとって、はしだて3号もほのうちのひとつのホームにとまっとるわ。山陰線っていうと0番線っていうあたましかなかっただけど、いつのまにかホームが大増設されとっただ。のりばはきちんとたしかめにゃいかんわ。

さて、はしだて3号だけど、うしろにまいづる3号を連結しとる。これもしらんかった。

2017.6.3 豊岡 (11) 京都 - はしだて、まいづる 1920-1080
(11) 京都 - はしだて、まいづる

うしろが東舞鶴いきのまいづる3号。

2017.6.3 豊岡 (12) 京都 - まいづる 800-450
(12) 京都 - まいづる

連結部は、まるでこいびと同士がおもいっきりくちづけしとるみたい。車両はりょうほうとも287系。

2017.6.3 豊岡 (13) 京都 - はしだて、まいづる 1920-1080
(13) 京都 - はしだて、まいづる

まえが天橋立いきのはしだて3号。これから山陰線をすすんで、綾部でまいづる3号をきりはなし、福知山から京都丹後鉄道にはいって終点の天橋立までいくだ。わが目的地は山陰線の豊岡であり、福知山で新大阪から福知山線をとおってきた特急こうのとり5号にのりかえる。いや~、但馬、丹后、丹波方面の運行は複雑だ。

2017.6.3 豊岡 (14) 京都 - はしだて 1330-1040
(14) 京都 - はしだて

記念さつえいをして特急はしだて3号の1号車にのりこむ。となりのホームにとまる特急はるかをよこめに、10時25分、京都をしゅっぱつ。

2017.6.3 豊岡 (16) 京都 - はしだて 1370-980
2017.6.3 豊岡 (18) 京都 - はるか 1850-1040
(16) 京都 - はしだて(18) 京都 - はるか

◇            ◇

  • 乗車記録 - 2017.6.3、どようび
    • 東海道線
      あんじょう 8:36 → (米原いき特別快速) → 9:01*1 名古屋
      〔32.3km、25分*2、77.5km/h*3、470円*4
    • 東海道新幹線
      名古屋 9:33 → (博多いきのぞみ13号) → 10:08 京都
      〔134.3km*5、35分、230.2km/h、2,590円*6*7

(さんこう)

*1:この時刻から3分おくれた

*2:おくれた時間をふくめると28分

*3:おくれた時刻をふくめた28分で計算しなおすと69.2km/h

*4:じっさいには名古屋から京都までののぞみをふくめて、あんじょうから豊岡までのきっぷをかっており、この金額でのしはらいはしてない

*5:実キロによる

*6:指定席利用

*7:じっさいには名古屋から京都までののぞみをふくめて、あんじょうから豊岡までのきっぷをかっており、この金額でのしはらいはしてない

あんじょうのまちなかをはしる名鉄バス - 2017年6月ふつか

あんじょうえきにむかってきたにすすむ名鉄バス。錦橋のとこではんたいの更生病院いきバスとすれちがい。

2017.6.2 名鉄バス (1) 錦橋 1280-720
(1) 錦橋

ほのまますすんで、とおりはえきまえどおりのふぜいとなる。

2017.6.2 名鉄バス (2) あんじょうえきまえどおり 1280-720
(2) あんじょうえきまえどおり

御幸本町交差点でバスは右折。みぎからまわってあんじょうえきまえにいく。

2017.6.2 名鉄バス (3) 御幸本町交差点 1860-1040
(3) 御幸本町交差点

あんじょうえきまえからえきにしどおりをみなみにすすんだ名鉄バスが、アンフォーレのある御幸本町西交差点を右折していく。

2017.6.2 名鉄バス (4) 御幸本町西交差点=アンフォーレ 1280-720
(4) 御幸本町西交差点=アンフォーレ

◇            ◇

(さんこう)

ひさしぶりに名鉄バスであんじょうまで - 2017年6月ついたち

きのう2017年6月ついたちは、ひさしぶりに名鉄バスであんじょうにいった。

更生病院7時43分のバスにのる。渋滞のためとうちゃくがおくれ、5分おくれで発車。

2017.6.1 (1) 更生病院 - 名鉄バス 1920-1080
(1) 更生病院 - 名鉄バス

横山どおりをにしにすすんで、モアイ交差点で右折、むきをきたにかえる。ほのままえきまえどおりにはいっていって、通学の高校生らとすれちがい。あんくるバスも更生病院からあんじょうにいく路線があるだけど、ほれは市役所どおりを北上して、さらにうらみちをまわっていくっていうもんで、この名鉄バスの路線のほうがおもてからまっすぐにまちにむかうかんじがあって、はるかにきもちがいい。

2017.6.1 (2) 名鉄バス - 末広町交差点てまえ 1790-1030
(2) 名鉄バス - 末広町交差点てまえ

末広町交差点をすぎたとこではんたいの更生病院いきのバスとすれちがい。このあたり、もともとは商店がならんどっただけど、いまはほのおもかげもなくて、さびしい。つぎの末広町交差点までのあいだは、いま区画整理事業中なだけど、事業がすすんで住宅がふえて、また商店も復活するといいだけどな。

2017.6.1 (3) 名鉄バス - 末広町交差点すぎ 800-450
(3) 名鉄バス - 末広町交差点すぎ

末広町交差点からやっとえきまえどおりらしいふんいきになる。この交差点をこえてすぐの、碧海信用金庫本店まえにある末広北バス停でバスをおりる。時刻は8時ちょっとまえなだけど、この時間帯にこんなにあるいとるひとがおらんじゃいかんぞ。

2017.6.1 (4) 御幸本町交差点みなみ - 名鉄バス 1820-1020
(4) 御幸本町交差点みなみ - 名鉄バス

御幸どおりをにしにあるいて、しょくばまでいく。とちゅう、このひ開業のあたらしい図書館のまえをとおる。このあたり、さすがにいつもよりざわついとった。ながらく郊外にあったもんが、またまちなかにもどってきたもんで、これを契機にあるくひとがふえるといいなっておもうだけど、あんじょう市内各地からまちなかまでの交通手段がまったくふじゅうぶんで、こんごの改善がのぞまれる。

2017.6.1 アンフォーレ (1) 外観 1920-1080 2017.6.1 アンフォーレ (2) 外観 1920-1080
アンフォーレ (1)(2)

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(さんこう)