こんかいは1923年。はなしはふたつ。
ひとつは名古屋本線の開業。1888年に東西軸として東海道線が開業したあとは、岡崎と刈谷を起点にみなみにきたにのびていった西三河の鉄道だけど、1923年、あらたな東西軸として名古屋本線が開業する。名鉄の前身のひとつ、愛知電鉄のてによるもんで、神宮前を起点として知多半島西岸に常滑線を全通させたあと、おんなじ神宮前を起点に豊橋にむけて鉄道の布設をはじめた。1917年に有松まで開業。ほいで、1923年4月ついたちに知立まで、6月ついたちに岡崎公園前まで、8月ようかに東岡崎まで延伸開業。
まあひとつは岡崎市内線の延伸。1898年に岡崎-明大寺間の路面電車として開業、1907年に康生町まで延伸、1912年に電化とあわせて軌間3フィート6インチの狭軌への改軌をはたしとった岡崎市内線だけど、1923年9月ようかに岡崎井田まで延伸。岡崎のまちの南北軸が完成する。
△ 西三河の鉄道のうつりかわり(あきひこ) - 7.名古屋本線の開業と岡崎市内線の延伸
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(さんこう)
- 西三河の鉄道のうつりかわり〔目次〕 - おぼえがき
- 豊橋線急行列車の時刻表 - 戦前の愛知電鉄 - あきひこゆめてつどう|2017/01/04
- 1917年3月なのかの本笠寺(もとかさでら)開業から順番に線路をのばして、ついに1927年6月ついたちに豊橋のりいれをはたした愛知電鉄が、同時に弾丸特急を運行して、省線にたいする優位性をおおいにうったえただ。
- この愛知電鉄の高速志向はいまの名鉄にひきつがれる。いまは名古屋本線の一部になっとる豊橋線だけど、おんなじ神宮前-豊橋間の数字をみてみると、名鉄最速の快速特急の表定速度は時速86.8キロとすばらしくはやい。ただ、省線をひきつぐJR東海の東海道線をはしる新快速は金山-豊橋間の表定速度が時速88.2キロと、名鉄をわずかにしのいどる。東海道線のほうが名古屋本線よりおおまわりのため所要時間では互角なだけど、ふたたび名鉄が優位にたつためにも、尾張部の曲線のおおい区間の改良と、飯田線と共用区間になっとる伊奈-豊橋間の分離をすすめたい。
- 名鉄資料館でみてきたもの (11) 愛知電鉄沿線案内 - あきひこゆめてつどう|2016/11/10
- 名鉄名古屋本線 - Wikipedia
- 名鉄常滑線 - Wikipedia
- 愛知電気鉄道 - Wikipedia
- 愛知電気鉄道は、古くより発展した商工地帯でありながら公共交通の便に恵まれなかった知多半島西岸地域と名古屋市を結ぶ鉄道路線を布設、運営する目的で、1910年に設立された。
- 当初は、1913年3月に開通した、后に常滑線(いまの名鉄常滑線)と称される路線を運営する局地的な事業者であったが、1917年*2より名古屋市と愛知県東部の主要都市である豊橋市を直結する豊橋線(后の名鉄名古屋本線の一部)の建設に着手し、1927年6月に全線開通を迎えた。また愛知県東部幡豆地方の城下町であった西尾町を中心とした鉄道路線網を有した西尾鉄道を吸収合併し、さらに傘下事業者として知多鉄道、碧海電気鉄道を設立し路線を布設するなど、主に愛知県東南部において多くの鉄道路線網を有する事業者となった。
- 1935年8月に名岐鉄道と合併して消滅したが、愛知電気鉄道が布設、運営した路線は前記合併により成立した現名古屋鉄道(名鉄)において基幹路線の一翼を形成した。現名鉄発行の『名古屋鉄道社史』においては、名岐鉄道と並んで名鉄の前身事業者における二大主流と評される。
- 名鉄岡崎市内線 - Wikipedia
- 1912年9月1日、電気鉄道の運転開始。同時に1067mm軌間へ改軌。
- 1923年9月8日、康生町-岡崎井田間延伸。
- 西三河の鉄道のうつりかわり〔地図目次〕 - あきひこゆめてつどう|2018/02/18 〔ついか〕
- (全22回の連載のまとめ)