西三河の鉄道のうつりかわり18回め=愛知環状鉄道の開業

18回めは1976年。愛知環状鉄道の開業だ。

1976年4月26日、岡崎-新豊田(しんとよだ)間で旅客営業が開始になる。岡崎と豊田っていう西三河で1位、2位の都市をむすぶ鉄道は、この3年まえに名鉄挙母線(ころもせん)が廃止になったとこだけど、国鉄の岡多線(おかたせん)がこれを復活させることになった。1970年にトヨタ自動車の自動車輸送を目的に、貨物線として岡多線の岡崎-北野桝塚(きたのますづか)間が開業して、1976年、新豊田までの延伸にあわせて、旅客営業もおこなうようになったもんだ。

経路は、挙母線のときにくらべて、豊田市内をずっとおおくとおる。また、挙母線が岡崎市内線とつながって、岡崎の都心である康生(こうせい)や東岡崎(ひがしおかざき)にいけたのにたいして、岡多線は都心をにしにはずれたとこをとおる。

西三河の鉄道のうつりかわり(あきひこ) - 18.愛知環状鉄道の開業
△ 西三河の鉄道のうつりかわり(あきひこ) - 18.愛知環状鉄道の開業

ちなみに、岡多線の岡は岡崎の岡だけど、多は多治見の多で、もともとは鉄道布設法で「愛知県岡崎ヨリ挙母ヲ経テ岐阜県多治見ニ至ル鉄道」として計画されたもんだ。ほのあと、いきさきを瀬戸、高蔵寺(こうぞうじ)にかえて建設がすすんだ。

ほれと、こんかいのブログ記事の題名を愛知環状鉄道の開業としたのは、このなまえの三セクに転換していまにいたっとるでだ。わかりやすさのため、このようにした。


(さんこう)

  • 西三河の鉄道のうつりかわり〔目次〕 - おぼえがき
  • 愛知環状鉄道線 - Wikipedia
    • 国鉄岡多線
      • 1930年の国鉄バス開業后も鉄道線の計画・建設は進められ、1957年の調査線指定、1959年の工事線指定を経て、鉄建公団が1964年に発足し、工事を継承してからは同公団が主要幹線(C線)として岡多線(岡崎-瀬戸間)及び瀬戸線(瀬戸-高蔵寺-勝川-稲沢間の全区間)の建設を進めた。1970年10月1日にトヨタ自動車の自動車輸送を目的に、貨物線として岡崎-北野桝塚間が開業した
      • 1971年からは岡崎-北岡崎間のユニチカ岡崎工場向けの原料輸送も行われている。1973年に平行路線の名鉄挙母線が廃止され、一部が岡多線の用地に転用されたのを契機に工事が進み、1976年4月26日に新豊田駅まで路線が延長され、旅客営業も開始された
    • 年表
      • 1930年12月20日、鉄道省が、岡崎-多治見間と瀬戸記念橋-高蔵寺間でバスによる旅客貨物の運輸事業を開始。省営バス第1号。
      • 1970年10月1日、国鉄岡多線岡崎-北野桝塚間8.7kmが開業(貨物営業のみ)。
      • 1976年4月26日、北野桝塚-新豊田間10.8kmが延伸開業。全線で旅客営業開始。