西三河の鉄道のうつりかわり19回め=豊田線の開業

19回めは1979年。豊田線が開業する。

1979年7月29日、名鉄により豊田線の梅坪(うめつぼ)-赤池(あかいけ)間が開業。同時に、この2年まえに伏見(ふしみ)-八事(やごと)間で開業して、この1年まえに赤池までの延伸をはたした名古屋地下鉄鶴舞線(つるまいせん)とのあいだで、相互のりいれを開始。クルマのまち豊田と大都会名古屋のあいだを、のりかえなしでいける鉄道ができる。豊田がわの電車の起点は豊田市で、豊田線として分岐する梅坪までのひとえきかんは三河線をはしる。

西三河の鉄道のうつりかわり(あきひこ) - 19.豊田線の開業
△ 西三河の鉄道のうつりかわり(あきひこ) - 19.豊田線の開業

ところで、豊田線の鉄道布設免許取得は1926年のこと。開業のとしからさかのぼることじつに53年だ。刈谷を起点に、のちに三河線となる路線を南北にのばしとった三河鉄道が、ほのとしに八事-豊田市間の鉄道布設免許を取得しとる。ほのいっぽう、三河鉄道は1927年に岡崎電気軌道を合併して岡崎からきたにのびる路線をてにいれて、1929年にもともとの自社線にこれをつなげるかたちで、岡崎から豊田までの挙母線(ころもせん)を完成させとる。岡崎進出ははたした。ほのつぎは名古屋進出だっただ。

1941年に名鉄に吸収合併されて、名古屋進出っていうゆめを実現することなくおわった三河鉄道だけど、ほのゆめはひきつがれて1979年の豊田線開業でみをむすぶ。4回めの三河鉄道の開業のとこで、「東海道線刈谷につながる鉄道ができただ」ってかいただけど、「東海道線にたよらんで、自力で岡崎から豊田をとおって名古屋にいく」っていう野心をもつ会社だった。


(さんこう)