神戸電鉄粟生線(あおせん)にのる。11年まえにのったっきりの粟生線にまたのる。ぜんかいは三木(みき)までいってもどったけど、こんかいは終点の粟生までいく。さらに粟生で北条鉄道にのりかえて終点の北条町(ほうじょうまち)までいってみたい。
たびの起点は神戸電鉄有馬線(ありません)湊川(みなとがわ)。神戸地下鉄湊川公園ととなりあわせにあって有馬線の起点でもあるえきだ。有馬線をきたにすすんで鈴蘭台からひだりに分岐する粟生線にはいって、にしに三木、粟生までいくって行程になる。
〔湊川から三木まで〕 | (粟生いきふつう1103)(鈴蘭台)(志染)(三木) |
〔三木まちあるき〕 | (三木駅舎)〔旧玉置家住宅〕〔旧小河家別邸〕 |
〔三木から粟生まで〕 | (粟生いきふつう1357)(小野)(粟生) |
◇ ◇
湊川から三木まで
新神戸からのった地下鉄を湊川公園でおりる。ここで神戸電鉄にのりかえだ。ところでご婦人が神鉄(しんてつ)にのりかえるにはどうすればいいですかってきいてくる。じぶんもじもとの人間じゃないけどこれから神戸電鉄にのりかえるとこで、かいさつをでてすぐにのりかえれるじゃないかっておもっとるってへんじ。かいさつをでるとこでご婦人にもわかるように駅員さんにきいて、ひだりにすすんでかいだんをあがったとこに神戸電鉄湊川のかいさつがあることをかくにん。ご婦人ともども移動。湊川の地下かいさつをはいる。湊川公園も湊川もりょうほう地下駅なだ。
ご婦人とははなればなれにのりばにおりて、すぐにはいってきた湊川8時53分の粟生いきふつうにのる。有馬線から粟生線に直通する電車だ。有馬線の起点はこの湊川だけど、電車の始発はひとえきてまえの新開地になる。阪急、阪神、山陽電鉄がのりいれる新開地だ。このひとえきかんは神戸高速鉄道の区間だけど、神戸電鉄の電車が一体運行しとる。のった電車はクリームいろとえんじいろの2色塗装。まど部分をふくめてふとおびにえんじいろにぬってあるだけど、まあぱっとみあっかい電車だ。3両編成で車両番号先頭1103。座席はベンチシート。
すすんで地上にでたっておもったら、すぐに東山トンネルにはいる。ひだりにくねりながらさかをあがってトンネルにはいる。
でぐち。さらにさかをあがっていく。
会下山(えげやま)トンネルにはいる。
すぐにでぐち。みぎにくねりながらさらにさかをあがっていく。
長田(ながた)に停車。はんたい線に新開地いきふつう。しゃれたかんじのステンレス電車で、車両番号先頭6502。
さらにさかをあがっていって丸山(まるやま)に停車。ちょっとやまんなかのえきってかんじだ。
えきかん、やまのうえまで住宅街がひろがっとるのが車窓にみえる。
みぎにくねりながらさかをあがっていく。
ひよどりごえトンネルをくぐる。
ひだりにくねりながらひよどりごえに停車。はんたい線にまた新開地いきふつう。あっかいえがらのはいった電車で、車両番号先頭5002。
中山トンネルにはいる。
ひだりにくねりながらさかをあがってでぐち。
みぎにくねりながらさかをあがって角山トンネルをくぐる。
みぎにくねりながらさかをあがって菊水山(きくすいやま)えきあとを通過。
烏原(からすはら)トンネルをくぐる。
ひだりにくねりながらさかをあがって菊水山(きくすいやま)トンネルにはいる。
でぐちからまたみぎにくねりながらさかをあがっていく。
さらにみぎにくねりながらさかをあがっていくとこで、新開地いき準急のあっかい電車とすれちがい。車両番号先頭1110。
ひだりにくねりながらさかをあがってとこで、みぎうえに鈴蘭台車両基地。
うまのせをこえて鈴蘭台のえきにはいっていく。やまのぼりはここまでか。
すすんで鈴蘭台(すずらんだい)はしましきのりばひだりがわの4番のりばに停車。
ここで運転士さんが交代してほの運転士さんが車内放送をいれる。こっから粟生線にはいっていくだけど粟生線はワンマン運行になるのか。
あとからむかいの3番のりばにはいってきた、有馬線三田いき準急がさきにでていくのをみおくり。
わが粟生いきふつうのしゅっぱつ。
留置電車をひだりにみて、ひだりに分岐する単線の粟生線にはいっていく。
ひだりにくねりながらさかをあがって小部トンネルにはいる。
でぐちからすぐに鈴蘭台西口(すずらんだいにしぐち)に停車。ひだりかためんのりば。
くだっていっていきちがい分岐をひだりがわ通行して西鈴蘭台(にしすずらんだい)に停車。なんにんかおりる。いや、鈴蘭台西口のつぎが西鈴蘭台ってどんなまぎらわしさだ。
しゅっぱつして線路が複線になって、新開地いき準急とすれちがい。クリームいろにあっかいおびのはいったしゃれた電車だ。
複線をひだりにくねりながらくだっていく。
みぎ側道をいくバイク団においこされる。いや、電車おっそいわ。
みぎにゆるくくねりながら藍那(あいな)に停車。
しゅっぱつして1点分岐をみぎにいく。
ひだり線はいきどまりの留置線で、藍那からまた単線にもどっただった。
ひだりにくねりながら藍那トンネルにはいる。
みぎにくねりながらでぐち。
こだちんなかをすすんで鉄橋をわたったとこで、また線路が複線になる。
みぎにたんぼがあらわれる。はじめてあらわれたたんぼだ。
木津(きづ)に停車。
しゅっぱつするとこで新開地いき準急のあっかい電車とすれちがい。車両番号先頭1108。
地形がひらけてくる。
みぎに車両基地。
みぎにくねってから木幡(こばた)に停車。のりばにだあれもおらんえきがおおいな。
えきかん、ひだり車窓、線路からへだたったとこから広大な住宅地がひろがっとるのがみえる。こんなにいっぱいひとがすんどるのに電車にのるひとはおらんのかな。
栄([1]さかえ)に停車。アクセントのちがいでいっしゅんなんていうえきかわからんかった。
ひだりに側道がならぶ。
押部谷(おしべだに)に停車。
はんたいのりばりょうめんのりばそとがわに新開地いき準急がはいってくるのをまってしゅっぱつ。長田ですれちがったのとおんなじ、しゃれたかんじのステンレス電車で、車両番号先頭6514。こっからまた単線になる。
みぎにくねりながらさかをあがっていく。
緑が丘(みどりがおか)に停車。みぎかためんのりばにわかもんがいっぱい。
分岐をひだりがわ通行ですすんで、みぎにくねってからりょうめんのりばの広野ゴルフ場前(ひろのごるふじょうまえ)に停車。
えきかん、みぎしたにどばーってひろがる住宅地。電車の閑散さと対照的だ。
みぎに留置電車。わかくさいろとしろのしゃれた2色塗装の電車だ。
たすきがけ分岐を直進してみぎにくねりながら志染(しじみ)の構内にはいっていく。はんたいのりばしましきのりばには2本の電車。うちがわに回送電車。西鈴蘭台をしゅっぱつしたとこですれちがった新開地いき準急とおんなじ、クリームいろにあっかいおびのはいったしゃれた電車だ。車両番号先頭2002。そとがわに新開地いき準急。えんじいろとはいいろの2色塗装のふるびたかんじの電車だ。
すすんでひだりかためんのりばの1番のりばに停車。はんたいのりばもふくめてここ志染(しじみ)はのりおりがおおい。
こだちんなかをみぎにくねりながらくだっていく。
ひだりにくねりながらくだっていく。
またひだりにくねりながらくだっていくとこで、みぎしたにまちがひろがってくる。三木のまちだ。
みぎにまちをみながらくだっていく。
えびすに停車。みぎかためんのりば。まちの中心にちかづいていっとるはずなのに、なんだかさびしいえきだ。
三木上の丸(みきうえのまる)に停車。みぎかためんのりば。さらにまちの中心にちかづいてきたはずなのに、さらにさびしいえきだ。
ひだりくねりのガーダー橋でみのがわをわたる。
ひだり車窓かわしも。みのがわはにしに加古川にそそぐ。
三木(みき)だ。みぎにくねりながらいきちがい分岐をひだりがわ通行して三木にとうちゃく。9時42分。湊川からここ三木まで26.8キロ、49分、時速32.8キロ、630円。おっそい。
電車からおりたおおぜいのひとたちが、のりばわきのかいさつをでていく。乗客をおろした電車はつぎのえきにむけてでていく。
三木まちあるき
ひとりおくれてかいさつをでて、駅舎をみてみる。近代的なすっきりした外観のえきだ。11年まえにきたときは三角やねの木造駅舎だっただけど、ほのときの駅舎は火事でもえちゃっていまの駅舎にたてかわった。
駅舎んなかにあった観光案内所で地図をもらいながら、みどころをきく。地図をみてびっくり。三木のまちからにしにひめぢみち、ひがしに有馬につながる湯の山街道、みなみにあかしみちがのびとるだ。いまはこんな交通不便なとこっておもうけど、むかしは三方に街道がのびるひらけたまちだっただ。ほいで、おすすめは旧玉置家住宅(きゅうたまおきけじゅうたく)。こっからみなみにみのがわをわたってひがしにちょこっといったとこにある。まえはすどおりしちゃったとこだ。
三木駅からすぐみなみ、みのがわにかかる福有橋(ふくゆうばし)をみなみにわたる。
わたりきってすぐに左折。ひめぢみちをひがしにはいっていく。左右にまちやがたちならんで、いかにもな街道のふぜいだ。
みぎにくねってちょこっといって三木農協会館前交差点を左折。こっからひがしにのびる湯の山街道にはいる。
みぎにしらかべ、こうしまどのまちや。
ひだりに木造かわらぶき中2階のくろっぽいまちや。これが旧玉置家住宅か。まえにきたときはここはすどおりしてこのさきのナメラ商店街までいっちゃった。
旧玉置家住宅のたてもんは、いりぐちからおくにどまがつづいとって、どまからひだりにあがったとこにへやがいくつかあるってかたちだ。一のどまに案内がかりのおねえさんがおって、ついて説明してくれる。このたてもんがおもやになるだけど、江戸時代中期にたてられた切手会所(きってかいしょ)を明治になって玉置(たまおき)さんがかいとったもんだげな。切手会所はりょうがえだけじゃなくて藩札も発行しとったとのこと。さらにおくにはなれがあって、ほれは玉置さんがたてたもんだっていう。
三木をとおる街道についても、中国おおがえしで秀吉がこの街道をとおっていったっていう歴史があるだげな。ほー。ほいから、秀吉の三木城ぜめに1年8か月ろうじょうした別所長治だけど、ひごろしによってしろをあけわたしたとのこと。
ところで一のどまから二のどまにいく開口部のうえに大名行列のかごみたいなもんがぶらさげてあるのを発見。きいてみると、これがひけし道具だっただげな。ほんらい竜吐水(りゅうどすい)っていうなまえのもんだけどもじって王吐水ってかえてある。そもそもしたにおいてあったもんを、実用じゃなくなったいまこうやってぶらさげてあるとのこと。おもしろいな。
おくに三のどまもぬけてなかにわにでたとこで、つなぎのやねをみあげてみたとこにしのびがえし。さきっぽのとんがったがっちりしたしのびがえしがあっちこっちにはりめぐらされとる。こいじゃあどろぼうがやねをつたってはいってくることもでていくこともできんわ。おもしろいな。
おもやにもどって、へやのはりにスピーカーボックス。いや、家紋のはいったしろいはこがはなれて左右についとる。なんだかわかるかってきかれるけどわからん。ちょうちん格納ばこだげな。おもしろいな。
こんどは天井にあかりとり。電気のない時代、くらくなりがちな室内をこれであかるくしただ。おもしろいな。
さらにはねあげかいだん。中2階にあがっていくかいだんだけど、つかわんときははねあげてへやをひろくつかえるようにしとっただ。こういう工夫に感心。秘密基地感もあってわくわくする。おもしろいな。
おもやに付随してうちぐらがあるのをかくにん。
えんがわにいったとこで、まどのそとの面格子にしかけがあるっていう。一見なんのへんてつもないきの面格子だけど、じつはたてざんのうらがわに鉄板をはりつけてあるっていう。あー、たしかに。しのびがえしにおなじくこれもどろぼうよけだ。おもしろいな。
つづいて、なかにわにめんしたえんがわのらんまにもしかけがあるっていう。鉄棒のことだった。さすがにらんまにはまっとる障子のさんに鉄板をはりつけるはばはなくて、らんま部分をよこに鉄棒がとおしてある。もちろんこれもどろぼうよけだ。おもしろいな。
おもやからなかにわをへだてたおくにはなれ。2階のやねが注目だっていう。勾配が一定じゃなくて、なかぶくれになっとるだ。そっとるやねはおてらやおみやさんでみるけど、なかぶくれのやねはめずらしい。むくりやね(起り屋根)ってなまえがついとるだげな。おもしろいな。
なかにわをおくにすすんでいくとこで、わたりろうかをみてみなさいっていう。あ、ひしがただ。おもやよりもはなれのほうがひくい位置にあって、わたりろうかも勾配がついとるだけど、かべもたてぐもてすりも、全部がケーブルカーみたいにひしがたにつくってある。いや、なんちゅう大工なかせ、表具やなかせのつくりだ。これをつくらせた玉置さんのあそびごころがすごい。おもしろいな。
わたりろうかにめんしてあるのは便所とふろだけ。
そとがわにまわってそとぐらのひがしめん。つま部分上部にちいさなひさしとほのしたのふたつのまるいあな。なんだかひとのかおみたいだ。おもしろいな。
あっはっは! そとぐらのきためんはおたふく。めだけじゃなくておちょぼぐちまでついとる。おもしろすぎるわ。
はなれのきためん。となりあわせにあるそとぐらとはなれだけど、すぐきたはみのがわがながれとってみなともあったっていう。みのがわから加古川に合流して瀬戸内海にでるっていうふなうんがあっただ。玉置さんもこのみなとをつかって商売をしとったっていう。
ほいからそとぐら下部のいたばりだけど、ふつうならしたみいたばりでやってあるところを、高瀬舟(たかせぶね)の廃材をつかってやってあるとのこと。たしかに、こんこんってたたいてみるとほのあつみがわかる。
あーはっはっは! さらにまわりこんでうちぐらのきためんにひょっとこ。おちょぼぐちがよこむきになっとるのにおおわらい。玉置さんのあそびごころに乾杯だ。おもしろいにもほどがある。このおかめひょっとこのおもしろさに、ここで結婚式をあげる外国人もあるっていう。
そとぐらのなかにはいって展示資料を見学。
玉置家由緒。この玉置家を創設したのは加西市(かさいし)出身のおぼうさん。1875年に還俗(げんぞく)して玉置姓をなのって切手会所の土地建物を購入したっていう。以来、財をなしたてやをふやしたとのこと。
切手会所開設。1747年から1842年までのおよそ100年間、三木は館林藩のとびち領の中心地だったっていう。このときにおこった三木金物に館林藩がめをつけて、財政たてなおしの策として三木役所に切手会所の開設を命じただっていう。
はなれにはいって、1階とこのま。とこばしらに黒檀(こくたん)がつかってあるとのこと。かっちかちだ。
はなれの2階にあがって、きたのまからきたにみのがわをみる。
みなみのまからみなみになかにわをみる。
あと、案内がかりのおねえさんに三木駅舎のことをきいてみると、きょねん完成したもんだっておしえてくれる。復古調たてもんにするか近代的たてもんにするかで投票をやったけっか、近代的たてもんにすることになっただげな。
三のどまんとこにあった喫茶でひとやすみして、案内がかりのおねえさんに礼をいって、旧玉置家住宅をあとにする。
湯の山街道を三木農協会館前交差点までもどる。このかどにビストロ・ド・ノブってめしやがあることを事前にたしかめてあって、ここでひるめしにするだ。
ところでみせのまえにみちしるべ。「右ひめぢ道|左あかし道」ってかいてある。三木駅から旧玉置家住宅まであるいて、ひめぢみちと湯の山街道の分岐点がここだってことはわかっとっただけど、さらにこっからみなみにあかしみちが分岐しとるだ。
みせにはいってポークカツレツを注文。ごちそうさまでした。勘定するときに「ありがとう三木鉄道」ってまるかんばんがあるのを発見。いま三木のまちは神戸電鉄粟生線がとおっとるだけだけど、15年まえまではJR加古川線を厄神(やくじん)から分岐して三木までくる三木鉄道って鉄道があっただ。三木鉄道の三木駅は神戸電鉄粟生線の三木駅とはべつのばしょにあっただけど、あとちがいま三木鉄道記念公園になっとる。三木のひとたちはまんだ三木鉄道のことをわすれとらん。
あかしみち方向にあるいていって旧小河家別邸(きゅうおがわけべってい)にとうちゃく。三木駅の観光案内所のひとや旧玉置家住宅の案内がかりのおねえさんのすすめもあってここまできた。
和風な玄関をはいっていく。
おくのほうに上段のま。このへやだけいちだんたかくなっとって、朝香宮鳩彦王(あさかのみややすひこおう)をとめたこともあるへやだっていう。
上段のまからはなれてともまちのま。おとものものがまつへやってわけだ。ちいさなへやだけど、まるまどがたになっとるいりぐちのおもしろいこと。
和室だけどつくえいすがおいてあってシャンデリアがぶらさがっとる和洋せっちゅうのおうせつま。
ろうかのゆらゆらガラス。
くらとの接続部分でかべが半円形にえぐれたなかろうか。くらのいちばんなかろうかよりに金庫がおいてあって、ほのとびらがこの半円形にそってひらくってわけだ。おもしろいな。
にわがすばらしいってきいてきただけど、いまは時期じゃないみたいだ。
旧小河家別邸をあとにする。
三木駅にむかってあるいていくとちゅう、本町のへんで神姫バス(しんきばす)とすれちがい。神戸電鉄粟生線の競争あいてだ。沿線に広大な住宅地があるのを電車の車窓にみてきたとこだけど、この神姫バスは住宅地まではいりこんでいっとるっていう。さらに神戸の中心三宮にいくのに、神戸電鉄だと新開地までいってほこで阪急か阪神にのりかえていかにゃいかんのにたいして、神姫バスはちょくに三宮にいくっていう。
日蓮宗本要寺のまえをとおっていく。
みのがわにかかる福有橋(ふくゆうばし)をきたにわたる。
わたっとるとちゅうでまた神姫バスとすれちがい。いきさきは西神中央駅(せいしんちゅうおうえき)。三宮にでるバスばっかりじゃなくて、神戸地下鉄西神・山手線(せいしんやまてせん)の終点西神中央駅にでるバスもあるだ。
三木駅にとうちゃく。ふみきりから「三木いきふつう」の方向幕をだした電車がはいってくるのがみえる。えきまえのみちをまたたてつづけに2台の神姫バスがいくのがみえる。電車は新開地方面に1時間に2本だけど、バスのほうがえらい運行本数もおおいみたいだ。
駅舎のわきに三木の地図。
三木から粟生まで
さて、粟生までいく。ぜんかいはこっからひきかえしちゃったけど、こんかいは粟生線全線をのりとおすだ。
三木のかいさつをはいってすぐの粟生方面のりばで粟生いきふつうをまつとこで、はんたいのりばに新開地いき準急がはいってくる。
さっきふみきりからみた「三木いきふつう」の方向幕をだした電車がまんだ粟生方面のりばにおって、はんたいのりばにはいってきた新開地いき準急とならぶ。
新開地いき準急がでたあと、「三木いきふつう」の方向幕をだした電車がはんたいのりばにはいりなおして、方向幕を「新開地いき準急」にかえる。なんでこんなめんどくさいことしたのかようわからんな。
さて、三木13時44分の粟生いきふつうがはいってきて、のりこむ。電車は、ここまでくるときに志染(しじみ)ですれちがった新開地いき準急とおんなじ、えんじいろとはいいろの2色塗装のふるびたかんじの電車だ。3両編成で車両番号先頭1357。座席はベンチシートでとびらは3とびら。
しゅっぱつ。はんたい線と合流して単線をいく。
ふみきりをとおっていく。
三木のまちもつきるへんで大村(おおむら)に停車。ひだりかためんのりば。
ひだりにくねりながらやまにはいっていく。
くだりにかかる。
ひだり側道をはしる神姫バスとすれちがい。
こだちんなか、いきちがい分岐をひだりがわ通行して樫山(かしやま)に停車。
分岐をみぎがわにはいって市場(いちば)に停車。みぎかためんのりば。分岐をひだりにはいっていったほうはアスファルトひろばになっとるだけど、こっから新造車両や資材を搬入するばしょなのか。
ガーダー橋の鉄橋をわたって、またやまごえをする。
さらにまあひとつやまごえをする。起点の湊川からずーっと神戸電鉄の沿線はほんとにひろびろ感のない地形だ。
ひだりにくねりながらいきちがい分岐をひだりがわ通行して、小野(おの)はりょうめんのりばひだりがわに停車。橋上かいさつのりっぱなえきで、まわりもにぎやかなかんじがする。乗客もようけおりる。
くだっていく。
たんぼがあらわれる。
ひだりたんぼんなかに写真家がなんにんかおる。わがのるふるびたかんじの電車をとるだ。「ひなびたローカル線のふぜい」をカメラにおさめたくてたんぼんなかにかまえとるだ。
葉多(はた)に停車。みぎかためんのりば。
「つぎは粟生。粟生。終点です」。おんなのこえの自動放送がはいる。
左右にうすみどりいろのがっちりした鉄骨ぐみのついたガーダー橋で加古川をわたる。三木をながれるみのがわがそそぐのがこの加古川だけど、合流地点はこっからまっとしもになる。
みぎ車窓かわかみ。
線路がみぎにくねって、ひだりうしろからくるJR加古川線と合流していく。
粟生(あお)はつきあたりのりばの4番のりばにとうちゃく。14時ちょうど。三木からここ粟生まで9.9キロ、16分、時速37.1キロ、410円。
JR加古川線のりばをはさんだむこうの北条鉄道のりばに、おりかえし北条町いきになる列車がはいってくるのがみえる。さらに北条鉄道にのりかえていきたいきもちもあっただけど、まあはいここまでのたびでじゅうぶん満足した。さらにたびをたのしむ余力はなく、きょうのたびはここまでとする。
〔2023年9月18日、げつようび、はたび〕