最明寺と羽角山

2020.4.26 (1) 最明寺 - 参道 2000-1500

いしだんの参道をあがっていく。

2020.4.26 (2) 最明寺 - 山門 2000-1500

あがりきったとこに山門。すぐひだりにちょうずしゃ。おてらのなまえは最明寺(さいみょうじ)。

2020.4.26 (3) 最明寺 - 本堂 2000-1500

なかにはいって、本堂におまいり。うらやまのきぎを背景に、1枚のえみたいだ。うらやまのなまえは羽角山。

2020.4.26 (12) 最明寺 - かねつきどう 1500-2000

ひだりにかねつきどう。基礎のいしがきをえぐったとこに階段がついとって、あがったとこがほのままかねつきどうの4本あしのなかっていうしかけだ。ふつうはいしがきのそとがわに階段がついとって、あがったとこからぬきをくぐって4本あしのなかにはいらにゃいかんだけど、これならみをかがめてくぐる必要がない。かんがえたもんだ。

2020.4.26 (11) 羽角山 - 四国88か所霊場 1600-1200

ひだり、かねつきどうのさらにおくに四国88か所霊場のいりぐち。どんなとこをとおって、どんなとこにでれるのかもわからんままに、はいっていく。

2020.4.26 (4) 羽角山のいしぶみ 1200-1600

ひといきのぼったとこで、いしぶみを発見。このときはなんだかわからんかっただけど、あとで、「中島出身ではなびずきの代議士早川竜介が、となりむら羽角のはなび師加藤小兵がなくなったことをいたんで、いしぶみにほの業績をきざんだもんだ」ってことがわかった。

はて、こっからどうしたもんか。ちょうどちかくにおったちちこにきいてみると、「やまをぐるーってみぎにまわって、むこうがわにおりていく」とのこたえ。いや、このままいってもしたにおりていくなら安心だ。

2020.4.26 (5) 羽角山 - 四国88か所霊場 1600-1200

いくつものよこあな地蔵をみながら、やまをのぼっていく。

2020.4.26 (6) 羽角山 - 秩父宮殿下御展望之地 1600-1200

土地がひらけて、ほこにたつ秩父宮殿下御展望之地のいしぶみを発見。「1929年9月28日、秩父宮殿下が陸軍大学演習に参加、登攀(とうはん)された。1929年10月帝国在郷軍人会上羽角軍人団」ってかいてある。秩父宮昭和天皇のおとうと。ほんなえらいひとが、こんなとこまできて陸軍演習に参加しただ。

2020.4.26 (7) 羽角山 - きたむき展望 2000-1500

きたに岡崎方面をのぞむ。

2020.4.26 (8) 羽角山 - にしむき展望 2000-1500

にしに羽角や中島のまちをのぞむ。

2020.4.26 (9) 羽角山 - 四国88か所霊場 1600-1200

くだりにかかる。みちのわきのよこあな地蔵はつづく。

2020.4.26 (10) 羽角山 - 四国88か所霊場 1600-1200

さらにくだっていく。ところでよこあな地蔵に番号がふってあるのにきづく。とちゅう、ちょっとみちをはずれたとこに中電の鉄塔を発見。もどってつぎのよこあな地蔵は80番。88番まであるにちがいない。84番までくると、ふつうのおはかもあらわれる。すすんで、88番のよこあな地蔵におまいり。ほのみぎおくにあがったとこに稲荷さんもあって、おまいり。88番からすぐにおてらのおくり。おてらまいりと霊場めぐりをおえる。

〔2020年4月26日訪問〕


(さんこう)