榎前にみちしるべ群があるってきいて、みてきた。
◇ ◇
ばしょは、えのき保育園しきちない西南部分のかどちになる部分にあるだけど、みなみのみちに面してななめにならんどる。ずんぐりした不整形のみちしるべがよっつと、四角柱のりっぱないしぶみがひとつだ。みちしるべは便宜的にひがしから1番から4番までの番号をふった。いしぶみはみなみむきにたっとってみやすいだけど、みちしるべはきたむきにたっとって、ほのすぐうしろにつつじの植栽帯があるために、じつによみとりづらい。写真もやっとのことでとってきた。
1番のみちしるべ
「右かりや」と「左たかはま」はまちがいない。刈谷と高浜だ。「たかはま」のつぎにまあひとつかいてあるだけど、よみとれん。
2番のみちしるべ
「右さく〇〇」と「左にしお」。桜井と西尾か。
3番のみちしるべ
こいつはおてあげだ。「右〇〇〇」としかわからん。
4番のみちしるべ
「右さと〇〇」と「左おかざき」。岡崎はまちがいない。
いや~、完全に解読できんのがくやしいな~。もともとどこにたっとったのかも、しりたいとこだ。
いしぶみ
いしぶみはわかりやすい。みなみ面に「村社、八剣神社、御神田」ってかいてある。八剣神社はこのすぐみなみにある榎前八剣神社のことだ。この神社のかみさま用のたんぼをしめすいしぶみだ。
ひがし面に「字(あざ)南宮下(みなみみやした)22-1,2、田1反2畝4歩(いったんにせよんぶ)」ってかいてある。南宮下ってのは、このあたりからひがしにかけてのあざのなまえだ。ひがしのほうのたんぼんなかに御神田もあっただ。
にし面に「御成婚紀年1924年1月26日、寄付人加藤藤八」ってかいてある。ご成婚は昭和天皇のご成婚だ。ほの記念に加藤藤八さんがこのいしぶみを寄付しただ。ちなみに、榎前は加藤さんがいっぱい。
このいしぶみがたんぼんとこからここにひっこしてきとる理由はなんなのか。あぶないでか、農作業のじゃまになるでか。
〔2020年4月はつか訪問〕
(さんこう)
- いや、地図にもでてない…|いわせあきひこ|フェースブック|2020年4月19日19:10
- いや、地図にもでてないこんなみちしるべをようみつけたもんだ。
#あきひこゆめてつどう - あのね~まるで違うところのことですが、元々みちしるべがあった場所だと、なくなるといけないから・・・とあっちこっちのみちしるべを同じところに集めて立ててますよ。だから 「右にしばた」「左ちりふ」その他のみちしるべが同じところにあるので、変ですが、みんな寄せ集めて保存してるんだな~と思うのかもしれません。移動したのは約50年前のこと。
- おー、じっさいにほんなとこがあるわけですね!
- ですです!文化財保護委員さん?らしき方が地図を見ながらあそこにもあったけど、誰かに持ってかれたようでなくなってるね。とか話しながら、ここにまとめて置けば持って行かれないでしょうと・・・。日曜日の事でしたし、珍しかったので見学してました。
- よせあつめてあるばしょはどこですか?
- 地元の保育園の南側で~す! 石に刻まれた文字消えかかってる~
- いや、地図にもでてないこんなみちしるべをようみつけたもんだ。
- 羽角にのこる吉良みちのみちしるべ - あきひこゆめてつどう|2020/04/19