おりたことのないえきでおりてみたらなにがあるのか。2020年7月いつか、名古屋本線は国府宮のひとつむこうにある島氏永(しまうじなが)のえきでおりてみた。ホームがちどり配置になっとる、あのへんなえきだ。
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ふるい13時25分のしんあんじょういきふつうにのる。電車は2両編成きんぎょばちのあっかい電車。
あんじょう平野をきたにすすんで、13時32分、しんあんじょうは2番のりばにとうちゃく。
4番のりばに移動。しんあんじょう13時38分の一宮いき急行にのる。電車は、2両編成きんぎょばちと4両編成きんぎょばちを連結したあっかい電車。
時速120キロで西三河平野をにしにすすんで、豊橋いき快速特急のこおろぎ特急とすれちがい。
ひだり曲線のとちゅう、豊橋いき急行のあかぎん電車とすれちがいながら、知立に停車。
きっついみぎ曲線で一ツ木を通過。
富士松のてまえで吉良吉田いき急行のあっかい電車とすれちがい。
境川をわたって三河から尾張にはいって、前后は2番のりばに停車。1番のりばに岩倉いきふつうのあっかい電車がまちあい。4番のりばに東岡崎いきふつうのあっかい電車がまちあい。
中京競馬場を通過して名古屋市の区域にはいって、豊川稲荷いき急行のあっかい電車とすれちがい。
左京山を通過するてまえで、東岡崎いきふつうのあっかい電車とすれちがい。
ひだり曲線のとちゅう、豊明いき準急のあっかい電車とすれちがって、鳴海に停車。
呼続を通過するてまえで、豊橋いき快速特急のパノラマスーパーとすれちがい。
堀田に停車。ここでまちあいをして、あとからきた岐阜いき特急のこおろぎをさきにいかせる。
堀田をでて、東岡崎いきふつうのあっかい電車とすれちがい。
神宮前をでて、複々線区間のひだり曲線で セントレアいき特急のこおろぎ特急とすれちがい。
金山をでて、みぎ曲線のとちゅう、ひだり東海道線尾頭橋のてまえで、浜松いきふつうとすれちがい。
ひだりちょうど尾頭橋のとこで、豊明いき準急のあっかい電車とすれちがい。
山王を通過して名駅の摩天楼がいよいよおおきくなってきたとこで、東岡崎いきふつうとすれちがい。東岡崎いきふつうは、こおろぎ塗装とぎんいろ電車のまだら編成。
ひだり東海道線の貨物列車とすれちがい。
トンネルにもぐって、名古屋にとうちゃく。乗客がおおきくいれかわって、1両めの乗客は6人にへる。
地上にあがていくとこで、豊橋いき快速特急のこおろぎ特急とすれちがい。
ホーム改修工事中の西枇杷島を時速50キロで通過。名古屋から新清洲までのあいだは、どの電車もほんとにゆっくりはしる。はよ線形改良せにゃ。
14時20分、須ケ口は2番のりばにとうちゃく。
むかいの1番のりばにとまっとるのは、こっから分岐する津島線にはいっていく、佐屋いきふつうのあっかい電車。
一宮いき急行がでたあとの2番のりばにはいってきた、須ケ口14時22分の岐阜いきふつうにのりこむ。電車は2両編成きんぎょばちのあっかい電車。このえき始発の電車で、ここまで運転してきたのは、運転士さんじゃなくて、ヘルメットをかぶったおじさん。
定刻になって、佐屋いきふつうと同時しゅっぱつ。わが岐阜いきふつうは直進。佐屋いきふつうはひだりに分岐。ちなみに、直進の名古屋本線より、ひだり分岐の津島線のほうがわずかに歴史がふるい。枇杷島-須ケ口-津島の津島線がさきにできて、ほっからみぎに分岐するかたちで名古屋本線ができた。
セントレアいき特急のこおろぎ特急とすれちがい。
ひだり曲線のとちゅう、丸の内に停車。ひなびたえきだけど丸の内だ。
丸の内をでてすぐ、みぎの側道を自転車にのった少年らがやってくる。この側道はこのさきでみぎにはなれていくだけど、これがたぶん清洲線のあとだ。須ケ口で津島線からみぎに分岐した名古屋本線は、さいしょ清洲線だって、この丸の内からみぎにゆみなって、清洲までいっとっただ。清洲線からひだりに分岐するかたちで名古屋本線ができた。いや、名古屋本線の歴史ってじつに複雑なだ。
五条川をわたる。
りょうめんホームの新清洲はうちがわに停車。
パノラマスーパーの須ケ口いきふつうとすれちがい。尾張や美濃じゃあ、増結用のパノラマスーパーがふつうにあてられとるだ。
大里に停車。がっちりしたこせんきょうと、ひだりがわにビルがあるのがとくちょうだ。ここで豊橋いき急行のあっかい電車とすれちがい。
奥田に停車。ひとりもホームにおらんけど、なんにんかおりる。
りょうめんホームの国府宮はそとがわに停車。まちあい。
うちがわに岐阜いき特急のこおろぎがはいってきて、なんにんかがわが岐阜いきふつうのほうにのりかえてくる。この岐阜いき特急は、わが三河をはしとっとる豊橋始発の岐阜いき特急じゃなくて、セントレア始発の岐阜いき特急だ。
岐阜いき特急のあとわが岐阜いきふつうもしゅっぱつ。
14時39分、はんたい線にホームがないようにみえる島氏永(しまうじなが)にとうちゃく。
ここまでのってきた電車をみおくり。ちどり配置にある、はんたい線のホームがみえる。
岐阜方面かいさつをでて、なかふみきりをわたると名古屋方面かいさつにいける。なかふみきりって表現したけど、構内ふみきりじゃなくて、公道ふみきりだ。このひとしかとおれんほっそいふみきりみちのすぐよこに水路があって、これが稲沢市と一宮市のさかいになる。島氏永のえきは稲沢市と一宮市にまたがっとるだ。岐阜方面ホームがあるのが稲沢市島町で、名古屋方面ホームがあるのが一宮市大和町氏永。もともとは島と氏永にそれぞれえきがあったもんを統合してこのえきになっただけど、ホームの位置をちどり配置にずらすことでおりあいをつけたとのこと。いや~、ほんな歴史があったとはね。
名古屋方面ホームに須ケ口いきふつうのあっかい電車がはいってくるのをかくにん。
岐阜方面ホーム、名古屋方面ホームともまちあいしつがあるのは、ふゆの伊吹おろし対策か。便所は名古屋方面ホームにあたらしいやつがひとつ。さいきんできたみたいだ。なかふみきりからにしがわとひがしがわ、水路の上部にふたがしてあって自転車おきばにしてある。
えきのまわりは多少住宅があるだけで、ほとんどたんぼとはたけ。まちあるきのしようもなく、かえりの電車にのる。
(さんこう)
- 乗車記録 - 2020年7月いつか、にちようび
- 奥田でおりてみた - 2020年7月みっか - あきひこゆめてつどう|2020/07/30
- 大里(おおさと)でおりてみた - 2020年2月12日 - あきひこゆめてつどう|2020/03/16
- 島氏永駅 - Wikipedia
- 島氏永駅(しまうじながえき)は、愛知県一宮市と愛知県稲沢市の境界にある、名鉄名古屋本線の駅である。
- 尾西鉄道が1924年2月15日に中村線として一宮-国府宮間の鉄道路線を開業した時点では島氏永駅は存在せず、付近には氏永駅と島駅が各村内にそれぞれ存在しとった。これは用地買収の条件として当時の大和村氏永と稲沢町島の両地区それぞれに駅を設置することを要求したことによるものだったが、両駅の駅間距離は短かった。
その后、尾西鉄道が名古屋鉄道(初代)に吸収合併されると当線は国府宮支線に改称された。名鉄はさらに清洲線丸ノ内駅から国府宮駅までの新線を布設して名古屋(柳橋)-一宮間を結ぶ路線(后の名岐線、現在の名古屋本線)を計画したが、すでに開通しとる区間には中間駅が小刻みに設置されとったため、高速運転の阻害になるとして、新線の布設と同時に開通区間の駅が統廃合されることになった。駅間距離の短い氏永駅と島駅も統廃合の対象となったが、氏永と島の両住民は尾西鉄道時代の協定を破るものだと強く反発し、村内から駅をなくすならば線路を撤去すると強硬姿勢を取った。
そこで名鉄は氏永駅と島駅を統合してその間に大和駅を設置することを提案、住民もその統合駅を上りホームを氏永地内、下りホームを島地内とする場所に設置させることを条件に妥協することになった。最終的には数年足らずで大和駅から島氏永駅へと改称され、両地名を併記した現在の駅名となった。 - 1日平均乗降客数=1,998人(2017年度)
- ホームがちどり配置になっとる…|いわせあきひこ|フェースブック|2020年8月3日22:24 〔ついか〕