「山代、山中、片山津、粟津の 加賀 温泉郷 (かが おんせんきょう)は 北陸線から はずれとるだけど、むかしは 北陸線の 駅と むすぶ 鉄道網が あって、遠来の きゃくは 電車から 電車の のりかえで それぞれの 温泉に いけた」って ことを まえに かいた。この 鉄道網が 北陸鉄道 加南線 (かなんせん)で、ほの 復活を ねがった もんだ。
△ 加賀 温泉郷 地図 (あきひこ) 〔※ ももいろの やじるしが かつての 北陸鉄道 加南線の 路線〕
ところで、いま 北陸線の 特急 停車駅を みて みると、一部の 例外を 無視して いうと、加賀温泉駅 だけが 特急 停車駅で、ほかの 北陸鉄道 加南線が 接続しとった、大聖寺駅 (だいしょうじえき)、動橋駅 (いぶりはしえき)、粟津駅 (あわづえき)の 3駅は ふつう 停車駅に なっとる。山代、山中、片山津の みっつの 温泉が 属する 加賀市の 中心も 大聖寺駅なのに へんな ことだ。
しらべて わかった。
もともと 特急が とまっとったのは 大聖寺駅と 動橋駅だった ものを、ほんなに はなれとらん この ふたつの 駅に とまるのは よく ない!ってな ことを 国鉄が いいだして、ほいで どっちの 駅に 特急を とめるかで はげしい 競争が おきて、結果、なかを とって 加賀温泉駅 だけに 特急を とめる ことに しただげな。当時 作見駅 (さくみえき)って いう、なんにも なかった 駅を 加賀温泉駅って いう なまえに かえて 特急を とめる ことに して、加賀温泉郷の それぞれの 温泉へは、ほっから バスで むすぶ ように しただげな。これが 1970年の こと。
ほれから まもなくの 1971年 7月 11日、北陸鉄道 加南線は 全廃と なった。
△ 加賀 温泉郷を むすんだ 鉄道 (あきひこ) 〔北陸鉄道 加南線 路線図 29.0km〕
(さんこう)
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- 1.3 停車駅争奪戦
- 北陸本線大聖寺駅・作見駅(現加賀温泉駅)・動橋駅
加賀 温泉郷 (山中温泉・山代温泉・片山津温泉・粟津温泉)の いりぐちで ある 大聖寺駅と 動橋駅では、北陸本線 はつの 特急 列車 「白鳥」が 設定された ときから、じもと 行政や 住民、各 温泉の 観光 協会などの 団体の あいだで 特急 停車を めぐる 争奪戦が くりひろげられて きた。当初は、上下 列車を おたがいの 駅に わけて 停車させるなどと いった 方法で 妥協しとったけど、特急が 増発される たびに おんなじ ような もめごとが くりかえされた。さらに 1960年代 末期には 特急 「雷鳥」・「しらさぎ」が 大聖寺駅と 動橋駅の 両駅に 停車し、特急で ありながら 芦原温泉駅から 小松駅までの 4駅間を 1、2駅 ごとに 停車する ダイヤ (俗語で いう ところの 『隔駅 停車』 状態)と されとった ことが 特急の 格や スピードアップの 観点から 問題視された ことから、1970年に 国鉄は 両駅の 中間に 位置し、ほれまで ふつう 列車しか 停車せん ローカル駅で あった 作見駅を 「加賀温泉駅」と 改称し、この 駅に 特急 停車を 集約し 各 温泉地へは この 駅から バス 路線を 開設して、大聖寺・動橋の 両駅は 特急 通過駅と する ことで 解決させた。なお、この 当時の 特急 列車には 文字 どおり 「特別な 急行 列車」と いう 意味が あり、停車駅を できるだけ しぼる ように する ことが もとめられとった ため、現在の 琵琶湖線を はしる びわこエクスプレスなどの ように 連続 停車させると いう 発想 自体が 存在せん 時代で あった ため、加賀温泉駅への 改称 直前に 前述の 特急が 両駅に 連続 停車しとった ことは 当時の 常識から みると 異例中の 異例だったので ある。
また、この 特急 列車の 停車駅 移動は、大聖寺駅と 動橋駅を 国鉄線との 接続駅に しとった 北陸鉄道 加南線に 大打撃を あたえ、ほの 廃線の 一因とも なり、結局は 地域の 公共 交通に おおきな ダメージを あたえる ことにも つながった。
- 北陸本線大聖寺駅・作見駅(現加賀温泉駅)・動橋駅
- 1.3 停車駅争奪戦