朝日新聞出版『旅と鉄道』2014年1月号にのっとった桐生典子さんの文章をつぎに紹介する。こんかいは「東海道本線」編だ。
東海道の車窓でまちのぞむ富士山とのファースト・コンタクト
富士山を、うまれてはじめてめにしたのはいつだったろう。たぶん19才のころ。静岡県をとおるたびの車窓に、いきなり富士山があらわれ、いきをのんだ記憶がある。現実とはおもえないほどうつくしく、のびやかで雄大だった。このふうけいを日常としてながめるじもとのひとたちがうらやましくてたまらなかった。
さて、こんかいのたびは静岡駅からはじまる。東海道本線。のぼりホームで午前10時33分発の熱海いきをまちながら、駅員さんにたずねた。
「富士山はどのあたりでよくみえますか」やはり富士川から吉原あたりとのこと。お天気は、快晴とはいかないが、昨日までのあらしはおさまり、あわいあおぞらがのぞいている。3両編成の列車内は空席が半分以上で、ときはゆったりとながれている。
富士山、いつあらわれるだろう。もう冠雪はしているのだろうか。
めをこらしているとトンネルにはいってしまった。が、すぐぬけた。平行する東海道本線を新幹線がかぜのように疾走していく。草薙駅(くさなぎえき)に停車。草薙といえば、そのつるぎは三種の神器。神話のことばが富士山めぐりにはよくにあう-そんなことをおもっていたら、みぎてにうみがひらけた。みどりいろのおだやかなうみだ。広重の『東海道五十三次』にもえがかれた由比(ゆい)ではさくらえびやしらすの看板が車窓をいろどり、漁港もみえる。煙突からしろいけむりのたちのぼる工場。先頭車両に移動して運転席のまどからそとをながめると、延々とかさなるようにつづく架線柱の光景が、神社の千本とりいのようにみえてきた。
それにしても、富士山とのファースト・コンタクトはなかなかやってこない。
「富士川駅では、正面に富士山がみえますよ」とおしえてもらっていた。いよいよ富士山と対面できるとおもうと、ほおがゆるむ。じつは2か月ほどまえ、東京の、ひっこしてまもないマンション4階のベランダから、こゆびのさきほどの富士山をみていた。台風一過のすんだゆうこくで、まさか自宅から富士山がみえるとはおもいもよらず、「うわあ」と感激した。その富士山に、こんかいはまぢかでおあいできるのだ。富士川駅に電車はすべりこみ、さあ、運転席の正面に富士山は・・・みえない。視界にはなだらかなすそのがひろがっているばかりで、くものなかにかくれている。明治以来の伝統をほこる堂々たる鉄橋、ながさ571メートルの富士川きょうりょうをわたりながら、いま、もしここで富士山がみえていたなら、どんなにかすばらしいだろう、と夢想するしかない。
あぁ、富士山。みえないとおもっているばしょからはみえて、みえるはずのところからはみえない、にほんいちのおやまよ!
(さんこう)
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