朝日新聞出版『旅と鉄道』2014年1月号にのっとった桐生典子さんの文章をつぎに紹介する。こんかいは「大雄山線(だいゆうざんせん)」編だ。
富士をみつめつづける「小富士」のあいらしいよこがお
小田原からは、11時24分発の大雄山線5000系に乗車した。3両編成。終点の大雄山まで12駅、9.6キロ。この路線は、曹洞宗(そうとうしゅう)の名刹(めいさつ)・大雄山最乗寺(さいじょうじ)への参詣や交通利便性向上のため、1925年、最乗寺やじもとの有志をかぶぬしにして開設されたというユニークな来歴をもつ。
時刻表をみれば、ほぼ12分おきに列車がくるという便利さ。それをいいことにきままにとちゅう下車のたびをおもいつく。
まずはよっつめの駅、五百羅漢でおりた。あるくこと2分で玉宝寺(ぎょくほうじ)につく。本堂内への参拝も自由とのことで、トレッキングシューズをぬぎ、だれもいない本堂におじゃまする。清浄な空気に、ふっとこころもしずかになる。
そこには526体もの羅漢像がぎっしりとならんでいた。たかさ24センチから60センチの木造乾漆像(かんしつぞう)とのこと。表情ゆたかに、おひとりとしておなじかおはない。知人友人ににたかおをさがしてあそいでいたら、どうもじぶんににたようなかおをみつけてしまった。
ふたたび大雄山線に乗車して、むっつめの駅・飯田岡をすぎたあたりだった。
ひだりてのまどをみると--富士山がかおをみせているではないか。ほとんどあきらめていたのに、羅漢さまにおいのりしたおかげだろうか。
12時27分、ここのつめの塚原で降車した。
大雄山線に並走していた狩川(かりがわ)にかかる塚原橋をわたり、対岸にたつ。「小富士」という愛称の、やや、ずんぐりむっくりした矢倉岳(やぐらだけ)と、そのむこうに、みぎの稜線(りょうせん)をなだらかにのばす富士山がみえる。それだけでもうれしいのに、みどりいろの鉄橋をちょうどのぼり列車がわたっていった。線路をきざむおとはふかぶかとおもくおなかにひびいてきて、すぎさったのちは、かわのせせらぎときいろいはなをさかせるセイタカアワダチソウをゆらすかぜのおとばかりだ。
きのうのほうがよほどあおぞらだったのにみえず、きょうはうすぐもりのなか、富士山はそびえている。遊歩道にたたずみながらながめていると、小富士がひとのよこがおのようにみえてきた。ふと、どんなきもちで富士山をみつめてきたのだろうとおもう。ずっとあこがれているのだろうか、それともすこし嫉妬しているだろうか。できれば、めでながらもマイペースでいてほしい。
終点の大雄山からは最乗寺をたずねた。2万本のすぎをほこるしきちは広大で、しっとりと霊気にみちていた。いかにもカラス天狗たちがこずえをとびまわるにふさわしい。
小田原発16時36分東京いき。きがつけば、新幹線「ひかり」で帰途についていた。うみをみたくてみぎがわシートについたのだが、スピードをあげはじめたころ、なにげなくひだりがわをふりかえった。と、そこにはすそのまですっかりすがたをあらわした富士山がいた。「みえた」ではなく、「いた、いらした」という感覚になっているおとがおかしい。これからもずっと、このすがたでいていただきたいとねがわずにはいられない。
たびの翌日、はつ冠雪が報じられていた。平年より19日、昨年より37日もおそかったという。
(さんこう)
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