関西線でのぼのまで - 2022年2月18日

2022.2.18 (83) 井田川 - 亀山いきふつう 2000-1500

2022年2月18日、関西線でのぼのまでいってきた。全国の平定をなしとげながら、伊吹山でやまのかみのたたりにあたって衰弱。ふるさと大和のくににかえることなく、伊勢のくにはのぼのの地でなくなったやまとたけるのみこと。このはなしはしっとっただけど、じっさいにのぼのってとこがあって、ほこにやまとたけるのみことがまつられとるってことをしって、いくことにしたしだいだ。ばしょをたしかめてみると鈴鹿川流域。もよりえきは関西線の井田川(いだがわ)ってえき。近鉄じゃあいきようがなくて、関西線でいってきた。

◇            ◇

2022.2.18 (6) 名古屋 - 亀山いきふつう 2000-1500

名古屋は関西線12番のりばにあがったとこで、まあはい8時26分の亀山いきふつうがとまっとる。電車は、先頭クモハ313-1003のB3編成4両313系ステンレス電車。ステンレス車体だいだいいろのおびのはいった電車だ。

2022.2.18 (7) 亀山いきふつう - 名古屋しゅっぱつ 1580-1200

時間がきて、しゅっぱつ。ひだりにワイドビューひだ、みぎにあおなみ線電車をみて、みなみにむかっていく。

2022.2.18 (8) 亀山いきふつう - 名古屋八田間 1600-1200

みぎにゆみなって新幹線をくぐる。

2022.2.18 (9) 亀山いきふつう - 名古屋八田間(名古屋いき区間快速) 1800-1350

ひだりうえにあおなみ線ささしまライブのえきがみえるとこで、名古屋いき区間快速313系ステンレス電車とすれちがい。あおなみ線とは、新幹線をくぐったあと左右位置をいれかわった。このあたりから進行方向はにしむきになる。

2022.2.18 (10) 亀山いきふつう - 名古屋八田間(富吉いきふつう) 1800-1350

みぎに平行する近鉄線を、富吉いきふつうの近鉄標準電車がいく。あかちゃいろとしろの2色塗装の無骨にかくばった電車が近鉄標準電車だ。

2022.2.18 (11) 亀山いきふつう - 八田 1590-1150

高架をあがって、八田(はった)に停車。はんたい線はしましきのりば。

2022.2.18 (12) 亀山いきふつう - 八田(名古屋いきふつう) 2000-1500

ここで、名古屋いきふつうの313系ステンレス電車とすれちがい。

2022.2.18 (13) 亀山いきふつう - 近鉄名古屋線くぐり 1600-1200

近鉄線をみぎななめにくぐって、左右位置をいれかわる。

2022.2.18 (14) 亀山いきふつう - 庄内川 1600-1200

がっちりしたガーダー橋で庄内川をわたる。

つづいて、新川をわたる。

2022.2.18 (15) 亀山いきふつう - 春田 1560-1190
2022.2.18 (16) 亀山いきふつう - 春田(車内) 2000-1500

みぎ10度に養老のやまやまをみて、春田(はるた)に停車。高架のえきだ。

2022.2.18 (17) 亀山いきふつう - 春田(名古屋いき快速みえ) 1950-1500

ここで、名古屋いき快速みえといきちがい。気動車だけど快速で、くろいかおがちからづよくかんじる。

福田川をわたる。

2022.2.18 (18) 亀山いきふつう - 蟹江 1600-1200

蟹江(かにえ)に停車。上下線のほかになかせんもあるだけど、ゆきげしょうにおどろく。

2022.2.18 (19) 亀山いきふつう - 蟹江 1560-1170
2022.2.18 (20) 亀山いきふつう - 蟹江 1910-1500

はんたいのりばは電車をまつひとでいっぱい。

2022.2.18 (21) 亀山いきふつう - 蟹江(名古屋いきふつう) 1960-1500

名古屋いきふつうの313系ステンレス電車のとうちゃくをまって、しゅっぱつ。

2022.2.18 (22) 亀山いきふつう - 日光川 1560-1200

日光川をわたる。単線のふうけいはやっぱりわびしい。

2022.2.18 (23) 亀山いきふつう - 永和 1560-1200

永和(えいわ)に停車。ここも上下線のほかになかせんがあるだけど、陸橋を流用してこせんきょうにしとるのがわびしい。

2022.2.18 (24) 亀山いきふつう - しらとり信号場 1500-1100

えきじゃないけど線路が2本になって、しらとり信号場にはいる。

2022.2.18 (25) 亀山いきふつう - しらとり信号場(名古屋いきふつう) 2000-1500

信号場がみぎにゆみなっていくとこで、名古屋いきふつうの313系ステンレス電車といきちがい。いきちがいのあと停止。信号があおにかわって、さいしゅっぱつ。えらいながい信号場だ。

2022.2.18 (26) 亀山いきふつう - 弥富 1560-1180

弥富(やとみ)に停車。ここも上下線のほかになかせんがあるだけど、こせんきょうはやねのついたちゃんとしたもんだ。ただ、どのえきもひとのけはいがすくない。えきばっかりだだっぴろくてわびしい。はんたい線しましきのりばそとがわが名鉄のりばなだけど、ちょうどあっかい電車はおらん。

弥富から線路は複線になる。

2022.2.18 (27) 亀山いきふつう - 木曽川鉄橋 2000-1500
2022.2.18 (28) 亀山いきふつう - 木曽川鉄橋 2000-1500

みどりいろのがっちりした鉄骨トラス橋で木曽川をわたって、尾張のくにから伊勢のくににはいる。

2022.2.18 (29) 亀山いきふつう - 長島 1560-1200

上下共用しましきのりばの長島(ながしま)に停車。

2022.2.18 (30) 亀山いきふつう - 長良川鉄橋 1950-1480
2022.2.18 (31) 亀山いきふつう - 長良川鉄橋 1950-1480

また、みどりいろのがっちりした鉄骨トラス橋で、連続する長良川揖斐川をわたる。さっきわたった木曽川とこのふたつのかわをあわせて木曽三川(きそさんせん)っていう。どのかわもうみみたいにひろい。

2022.2.18 (32) 亀山いきふつう - 長島桑名間(松阪いき急行) 1600-1200

ぐいーんってひだりにゆみなって、進行方向がみなみむきにかわったとこで、ひだり近鉄線をいく松阪いき急行の近鉄標準電車とならぶ。

2022.2.18 (33) 亀山いきふつう - 近鉄くぐり(松阪いき急行) 1600-1200

関西線をみぎななめにまたぐ近鉄線をいく松阪いき急行をおっていく。

2022.2.18 (34) 亀山いきふつう - 長島桑名間(名古屋いき快速みえ) 1600-1200

みぎにゆみなっていくとこで、名古屋いき快速みえとすれちがい。伊勢のくにはいっても、しっかり線路にゆきがのこっとる。

2022.2.18 (35) 亀山いきふつう - 桑名 1600-1200
2022.2.18 (36) 亀山いきふつう - 桑名 1600-1200

桑名(くわな)は1番のりばに停車。

桑名をでて、また単線になる。

2022.2.18 (37) 亀山いきふつう - 桑名(松阪いき急行) 2000-1500

みぎ、近鉄線のりばから松阪いき急行がさきにでていく。

2022.2.18 (38) 亀山いきふつう - 益生(松阪いき急行と四日市いき準急) 1670-1480

松阪いき急行をおってって、みぎ、近鉄線益生(ますお)のえきにとまる四日市いき準急の近鉄標準電車とすれちがい。こっからまた関西線は複線になる。単線になったり複線になったりいそがしい。

2022.2.18 (39) 亀山いきふつう - 町屋川鉄橋 2000-1500

みどりいろのがっちりした鉄骨トラスの町屋川鉄橋をわたる。

2022.2.18 (40) 亀山いきふつう - 近鉄くぐり(松阪いき急行) 2000-1500

関西線をひだりななめにまたぐ近鉄線をいく松阪いき急行をおっていく。関西線と近鉄線がみぎになったりひだりになったして、亀山いきふつうが松阪いき急行をおっていく。

2022.2.18 (41) 亀山いきふつう - 朝日 1600-1200

朝日(あさひ)に停車。

2022.2.18 (42) 亀山いきふつう - 朝明川をわたる 1600-1200

ガーダー橋で朝明川(あさけがわ)をわたるとこで、むこうに四日市のコンビナートがみえてくる。

2022.2.18 (43) 亀山いきふつう - 三岐鉄道くぐり 2000-1500

ひだりにゆみなりながら三岐鉄道をみぎななめにくぐる。

2022.2.18 (44) 亀山いきふつう - 三岐鉄道くぐりかえし 2000-1500

またすぐに三岐鉄道をひだりななめにくぐりかえす。さいしょにくぐったあと、三岐鉄道がみぎにゆみなってきただ。

2022.2.18 (45) 亀山いきふつう - 近鉄くぐり 2000-1500

ガードしたにふるめかしい機関車をみて、近鉄線をくぐる。

2022.2.18 (46) 亀山いきふつう - 富田(とみだ) 2000-1500

すぐにだだっぴろい構内の富田(とみだ)に停車。なんじゅうねんもかわっとらんってかんじのえきだ。ここでしばらく停車。ワイドビュー南紀とすれちがい。

2022.2.18 (47) 亀山いきふつう - 富田(名古屋いきふつう) 2000-1500

はんたい線のりばに、名古屋いきふつうの2両編成313系ステンレス電車がはいってくる。ほのむこうがわが駅舎。

2022.2.18 (48) 亀山いきふつう - 富田しゅっぱつ 1600-1200

富田をしゅっぱつして、また単線になる。

2022.2.18 (49) 亀山いきふつう - 富田浜 1530-1200

富田浜(とみだはま)に停車。えきのみぎに富田中学校。

富田浜をしゅっぱつして、また複線になる。

2022.2.18 (50) 亀山いきふつう - 富田浜四日市間 1600-1200

電車は速度をあげて、120キロですすむ。ただ、複線区間はとぎれとぎれにしかなくて、高速ではしれるとこはかぎられる。

2022.2.18 (51) 亀山いきふつう - 海蔵川をわたる 1600-1200

ガーダー橋で海蔵川(かいぞうがわ)をわたる。

2022.2.18 (52) 亀山いきふつう - 三滝川をわたる 1580-1180

またガーダー橋で三滝川(みたきがわ)をわたると、ひだりの線路群にガソリン専用貨物列車がいっぱい。

2022.2.18 (53) 亀山いきふつう - 四日市 2000-1500
2022.2.18 (54) 亀山いきふつう - 四日市 1600-1200
2022.2.18 (55) 亀山いきふつう - 四日市 1600-1200

四日市(よっかいち)に停車。旅客は上下共用しましきのりばがひとつあるだけだけど、まわりは貨物の線路がいっぱい。とまったすぐひだりにもガソリン専用貨物列車。

2022.2.18 (56) 亀山いきふつう - 四日市南四日市間 1600-1200

四日市をしゅっぱつして、ひだりにえだわかれしていく貨物線がみえる。わが亀山いきふつうがいく線路は、また単線になる。

2022.2.18 (57) 亀山いきふつう - 四日市南四日市間 1600-1200

ちいさなガーダー橋のわきに保線員さんら。いや、はしのかけかえ工事がおわったかなんかで、完了検査をするとこか。

2022.2.18 (58) 亀山いきふつう - 南四日市(四日市いきふつう) 2000-1500
2022.2.18 (59) 亀山いきふつう - 南四日市 1600-1200

四日市(みなみよっかいち)に停車。なんにんかおりる。上下共用しましきのりばのえきで、むかいののりばに伊勢鉄道四日市いきふつうの単行気動車

四日市をでて、また複線になる。

2022.2.18 (60) 亀山いきふつう - 内部川をわたる 1500-1200

ガーダー橋で内部川(うつべがわ)をわたる。

2022.2.18 (61) 亀山いきふつう - 伊勢鉄道/関西線 2000-1500
2022.2.18 (62) 亀山いきふつう - 伊勢鉄道/関西線 2000-1500

どてうえ高架をすすんでいったとこで、分岐をみぎにはいって上下線のあいだにもぐっていく。複線のまま直進するのが伊勢鉄道で、関西線は単線になるだ。

2022.2.18 (63) 亀山いきふつう - 伊勢鉄道/関西線 1850-1200

単線になって、伊勢鉄道のはんたい線をくぐる。

2022.2.18 (64) 亀山いきふつう - 河原田 1640-1120
2022.2.18 (65) 亀山いきふつう - 河原田 1580-1180

伊勢鉄道のどてうえ高架をひだりにそってすすんで、河原田(かわらだ)に停車。陸橋を流用したこせんきょうがにがにがしい。ひだりどてうえには伊勢鉄道の河原田のえき。

2022.2.18 (66) 亀山いきふつう - 河原田 1600-1200
2022.2.18 (67) 亀山いきふつう - 河原田(ふみきり) 1680-1350

いきちがい線がながくつづいて、単線に合流するてまえにふみきり。

2022.2.18 (68) 亀山いきふつう - 河原田河曲間(ひだりに鈴鹿川) 1600-1200

みぎにゆみなっていくとこで、ひだりに鈴鹿川があらわれる。ここまで伊勢のくにをみなみにはしっていくつかのかわをよこぎってきただけど、こっから西西南方向に進行方向をかえて、ひだりに鈴鹿川をそっていく。

2022.2.18 (69) 亀山いきふつう - 河原田河曲間(ひだりに鈴鹿川) 1600-1200

またひだりに鈴鹿川がみえる。

2022.2.18 (70) 亀山いきふつう - 河曲(かわの) 1550-1180

河曲(かわの)に停車。むりなあてじだ。

2022.2.18 (71) 亀山いきふつう - 河曲(名古屋いき快速) 1950-1500

名古屋いき快速の2両編成313系ステンレス電車がくるのをまって、しゅっぱつ。快速ってっても四日市までは全駅停車。

2022.2.18 (72) 亀山いきふつう - 河曲(かわの) 1600-1200

名古屋いきふつうをおりたひとが構内ふみきりにむかうのをみながら、つぎのえきにむかう。

2022.2.18 (73) 亀山いきふつう - 河曲加佐登間(ひだりに鈴鹿川) 2000-1500

ひだりにしっかり鈴鹿川がみえる。のどかなふうけいだ。

2022.2.18 (74) 亀山いきふつう - 加佐登 1540-1200
2022.2.18 (75) 亀山いきふつう - 加佐登 1600-1200

加佐登(かさど)に停車。ひらがながきにかえたほうがいい。

2022.2.18 (76) 亀山いきふつう - 加佐登井田川間 1560-1200

田園地帯をいく。

2022.2.18 (77) 亀山いきふつう - 加佐登井田川間 1600-1200

みぎにゆみなっていくとこで、ひどい警笛。おじいさんがふみきりまちしとるだ。

2022.2.18 (78) 亀山いきふつう - 加佐登井田川間(国道1号線) 1520-1180

国道1号線をくぐる。こんないなかを国道1号線がはしっとるだ。

2022.2.18 (79) 亀山いきふつう - 安楽川をわたる 2000-1500

ガーダー橋で鈴鹿川の支流、安楽川(あんらくがわ)をわたる。

2022.2.18 (80) 亀山いきふつう - 井田川てまえ 1600-1180

ゆるくひだりにゆみなって、いよいよ井田川だ。

2022.2.18 (81) 亀山いきふつう - 井田川 2000-1500
2022.2.18 (82) 亀山いきふつう - 井田川 1580-1170

ながいいきちがい線をとおって、井田川(いだがわ)にとうちゃく。9時45分。ここも陸橋を流用したこせんきょうだ。

2022.2.18 (83) 井田川 - 亀山いきふつう 2000-1500

のってきた電車をみおくり。

2022.2.18 (84) 井田川(いだがわ) - のりばと駅舎 2000-1500

駅舎とかいさつははんたいのりばのほう。やねもかべもない陸橋をわたらにゃいかんのか。

2022.2.18 (85) 井田川駅から東南方向 1580-1180

陸橋にあがって、駅舎のはんたいがわ、東南方向はいちめんのたんぼ。

2022.2.18 (86) 井田川 - 駅舎 2000-1500

簡易改札機があるだけのかいさつをマナカをかざしてとおって、みぎに木造のりっぱな駅舎。駅舎ってってもJR東海がつくったもんじゃなくて、じもとがつくったもんだ。いや、駅舎があるってのはありがたい。ひといきつける。一角に「井田川駅のおもいで」。むかしの駅舎や列車の写真が展示してある。

2022.2.18 (87) 井田川 - えきのふうけい 1990-1480

えきまえロータリーにバス停を発見。亀山駅(かめやまえき)と平田町駅(ひらたちょうえき)をむすぶバスがここをとおるだ。亀山駅は関西線のつぎのえきだけど、平田町駅鈴鹿川対岸をはしる近鉄鈴鹿線の終着駅だ。ほんなつながりがあるのか。平田町駅いきバスの時刻をかくにん。

さて、井田川駅から西北にのぼのをめざしてあるく。

すぐに東海道をよこぎって、またすぐに国道1号線をよこぎる。

広大なみどりがおかをこえる。宅地開発のおかだ。

平地におりて、鳶ケ丘(とびがおか)交差点を直進。いや、ほれにして、もさぶいな。関西線にゆきがいっぱいゆきがのこっとるのにもおどろいたけど、ここもびゅーびゅーかぜがふいてどえらいさぶいわ。てぶくろを用意してきてよかった。

2022.2.18 (88) 安楽川(あんらくがわ) - のぼのばし 1970-1480

安楽川にかかるのぼのばしをわたる。いよいよだ。

はしをわたってちょこっといって、ひだりに駐車場と便所。英雄やまのたけるのみことがまつられとるだけあって、ここをおとずれるひともなんにんかあるだ。

もりのなかにやまとたけるのみことのはかとやまとたけるのみことをまつったのぼの神社があるだけど、さきにはかのほうにいくことにする。

2022.2.18 (89) のぼのはか - とびちい号 1960-1460

やますそをすすんで、とびち「い号」のはかにおまいり。

2022.2.18 (90) のぼののふうけい 1600-1200

やますそからみるのぼののふうけい。人工的なもんがなんにもないふうけいだ。やまとたけるのみこともこんなふうけいをみながらさいごをむかえたのか。

2022.2.18 (91) やまとたけるのみことのはか 2000-1500

もりにのぼって、やまとたけるのみことのはかにおまいり。

2022.2.18 (92) のぼの神社 2000-1500
2022.2.18 (93) のぼの神社(亀山市) - 拝殿内部 1970-1480

もりをのぼりなおして、のぼの神社におまいり。

さて、さぶいなかえきまであるいてかえるかっておもったとこで、駐車場にきゃくまちのタクシーを発見。5分でえきにとうちゃく。いきは30分かけてあるいていったとこを、かえりはたったの5分だ。

2022.2.18 (94) 井田川 - 名古屋いき快速(313系) 1860-1500

すぐにきた電車にのって、いえじにつく。電車は井田川11時29分の名古屋いき快速で、先頭クハ312-1326の2両編成313系ステンレス電車。つぎは1時間あとになる。うまいことタクシーにのれたもんだ。ちなみに関西線の運行本数は、ワイドビュー南紀をべつにして、名古屋から四日市までが1時間に4本。四日市から亀山までが1時間に1本。


(さんこう)

  • 乗車記録 - 2022年2月18日、きんようび、平日
    • 名古屋 8:26 → (関西線=亀山いきふつう) → 9:45 井田川
      〔55.3キロ、1時間19分、時速42.0キロ、990円〕
    • 井田川 11:29 → (関西線=名古屋いき快速) → 12:34 名古屋
      〔55.3キロ、1時間5分、時速51.0キロ、990円〕
  • ふるいから名古屋まで - 2022年2月18日 - あきひこゆめてつどう|2022/03/16
    • トンネルにもぐって、名古屋にとうちゃく。8時8分。かいさつをでて、さあ、関西線だ。
  • 美濃路を宮宿から佐屋路分岐まであるく - 2021年7月22日 - あきひこゆめてつどう|2021/09/24
    • さて、郵便局のみなみから生活道路をにしにはいっていって、白鳥御陵(しろとりごりょう)におまいり。白鳥御陵すなわち白鳥古墳で、500年代はじめに築造された全長74メートルの前方后円墳だ。説明がきによると、「これがやまとたけるのみことのみささぎで、やまとたけるのみことが白鳥となって熱田のみやにとびきたり、おりたった地であることから白鳥御陵ってなづけられた」とのこと。
      2021.7.22 (29) 白鳥御陵 2000-1500
  • ヤマトタケルと伊吹山の神|日本武尊物語|スペシャルコンテンツ|お祓い・お宮参り・七五三・神前結婚式|滋賀・大津|建部大社
    • 西国につづき東国を平定し、尾張のくににもどってきたやまとたけるは、以前結婚の約束をしとったみやずひめとむすばれます。しばらくのあいだはともにすごしておりましたが、伊吹のやまにわるいかみがおるときき征伐にむかいます。たびかさなる勝利に慢心したためか、神剣くさなぎのつるぎをみやずひめにあずけてむかいました。
    • 伊吹のやまをのぼるとちゅう、うしほどのおおきなしろいいのししにであい、「これはやまのかみのつかいだな、かえりみちであいてになってやろう」とおおきなこえで威嚇してやりすごしました。するととつぜんはげしくひょうがふりだし、いくてをはばまれまます。じつはしろいいのししはやまのかみのつかいではなく、やまのかみほのもんであり、やまとたけるが威嚇したためほのいかりをかったのです。
    • ひょうにうたれて衰弱したやまとたけるは、やっとのおもいでやまを脱出し、故郷の大和をめざします。養老の地をとおるときには「いまはあるくこともままならず、あしがたぎたぎときしむ」となげかれました。のちにこののはらはたぎの(多芸野)といわれるようになりました。
  • 歴史の情報蔵・三重の歴史がよみがえる - 県史Q&A > 4.「杖突坂」とその由来
    • 杖突坂(つえつきざか)は、「杖衝坂」(『三国地誌』)とも書きますが、『伊勢名勝志』三重郡の山川の項に「杖突坂采女ニアリ官道ニ属ス、伝へ云フ倭武尊東征ノ時、桑名郡尾津村ヨリ能褒野ニ到ルノ時、剣ヲ杖ツキ此坂ヲ踰エ玉フ故ニ名ヅク(以下略)」と記述されており、『勢陽五鈴遺響』にも同様の説明があります。いわゆる日本武尊伝説地の一つです。
    • 日本武尊(やまとたけるのみこと/『古事記』では倭建命と書く)は、実在の人物ではなく、大和朝廷が勢力を西や東に延ばしていったときの多くの勇者の話を一つにまとめた英雄伝説であると言われておりますが、三重県では地名由来の説話として関係しております。
    • 日本武尊が幾多の苦難の末に東国を平定し、帰途につきましたが、伊吹山で荒ぶる神の祟りを受け、病にとりつかれてしまいます。そこで、大和に帰るため、伊勢国に入り、三重郡采女村(うねめむら)あたりまで来たとき、急坂を杖をついてようやく登れたので、その坂を「杖衝坂」と言ったということです。さらに、少し進んだとき、「吾か足三重の勾(まがり)なして、いたく疲れたり」と言い、その地を「三重」と言うようになったとも伝えられております。三重郡の由来です。そして、能褒野(のぼの)にたどり着いたところで亡くなったので御陵をつくると、日本武尊は、大きな白鳥と化して、大和をめざして飛び去っていったというお話です。
    • この杖突坂は、内部川(うつべがわ)よりおよそ0.5キロメートル南にあって坂の上までの距離およそ100メートル、比高およそ20メートル強の東海道の道筋の中でも急坂となっています。大正の末期頃、この坂を自動車が登り切れんので、坂の下の民家の牛の力を借りて登ったというエピソードも残されております。また、この急坂を登りつめたところに、日本武尊伝説地の一つである御血塚の祠があり、前記の『伊勢名勝志』の同じ項に「(前略)側ニ血塚アリ尊ノ足ヨリ出デシ血ヲ封ゼシ処ナリト云フ」と記述しております。
    • この坂は、自動車をはじめ歩行者にも難所であったので、昭和の初期頃、丘陵の北側の中腹にゆるやかな坂道を新設し、これを「昭和坂」と称して利用しました。現在の国道1号線が走っとるところです。
  • 日本武尊御墓(やまとたけるのみことおんぼ)|亀山市観光協会
    • トタケルノミコトが東征の帰路、伊勢国能褒野で亡くなられたという記紀の記述に基づき、全長90m、后円部の径54m、同高さ9mと三重北部最大の前方后円墳が、1879年内務省により「日本武尊御墓」と定められ、現在も宮内庁により管理されております。周辺には能褒野神社や、歴史・自然の特性を活かしたのぼのの森公園があります。緑深い古墳を包む静かな雰囲気に、古代のロマンを感じることのできる空間です。
  • 能褒野神社 - Wikipedia
    • 1883年に神宮祭主久迩宮朝彦親王(くにのみやあさひこしんのう)より「能褒野神社(のぼのじんじゃ)」と社号が選定され、1884年3月に能褒野陵の側に神社創建の許可を得、有栖川宮(ありすがわのみや)その他の宮家から幣帛料をたまわった。1895年に社殿が竣工され、神宮祭主賀陽宮邦憲王(かやのみやくにのりおう)より御霊代を拝戴して鎮座祭がとりおこなわれた。