つまらんとうかいどうしんかんせん

にほんをだいひょうするれっしゃであるにもかかわらず、かいほうしきしつないにざせきがならぶだけ。しょくどうしゃはおろかしゃないはんばいすらないという「じんいんゆそうのはこ」となり、がいこくのふゆうそうなどをざんねんがらせとる。

とうかいどうしんかんせんのことをいっとるだけど、まったくほのとおりだ。おれがのるようになったときには、たぶんまあはいしょくどうしゃなんかなくなっちゃっとった。こだまやひかりにはないけど、のぞみだけはうりこのおねえさんがまわってくるのがたのしみだったのに、ほれもなくなっちゃった。たばこべやだけはのこっとるのがすくいだったのに、ほれもさいきんになってふうさされちゃった。いや、とうかいどうしんかんせんんってなんのたのしみもないわ。ただ、じかんをかねでかっとるってだけだ。

またとうかいどうしんかんせんくかんには8りょうへんせいのきゅうしゅうしんかんせんののりいれがないため、きゅうしゅうしんかんせんえんせんとしからきょうとやなごやにおうらいするばあいもかならずのりかえがひつようとなっており、こうくうきとのきょうそうじょうのふりえきとなっとる。

これもまったくほのとおりだ。おれはあいちけんにすんどるだけど、きゅうしゅうしんかんせんができたとき、てっきりとうかいどうしんかんせんからちょくつうするもんだっておもったのに、ちょくつうするのはおおさかからだけだった。いや、ほれよりもまえに、とうかいどうしんかんせんからとうほくしんかんせんやじょうえつしんかんせんへののりいれがないこともふまんだった。なごやからのいきさきとして、さいたまけんやとちぎけん、ぐんまけん、にいがたけんがあったってぜんぜんおかしくない。

ようは、じぇーあーるとうかいって、とうかいどうしんかんせんでとうきょうのつとめにんをおおさかにはこぶことしかかんがえとらんだ。ほかのしんかんせんとのちょくつうなんか、ほれをじゃますることでしかないってかんがえなだ。ほくりくしんかんせんのまいばらせつぞくをこばんだのも、このかんがえからだ。じぇーあーるとうかいをなのりながら、とうかいちほうのことなんかなんにもかんがえとらん。「じぇーあーるとうきょう」ってよぶのがふさわしい。

「なんのたのしみもないでんしゃ。ほかのしんかんせんてつどうもうとつながっとらんしんかんせん」ってのがとうかいどうしんかんせんのしんじつだ。

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いんようしたのはてつどうじゃーなる2025ねん4がつごうにのっとった、いわなりまさかずさんってひとのぶんしょう。

「じぇーあーるほっそく50しゅうねん - 2037ねんのにほんのてつどうは」
いわなりまさかず「じぇーあーるほっそく50しゅうねん」 1330-930
(いわなりまさかずさん)てつどうじゃーなる2025ねん4がつごう

その3.しんかんせんはどうなる
(1) こうじちゅうのしんかんせんのかいぎょうは
いわなりまさかず「しんかんせんはどうなる」 (1-1) 680-470
いわなりまさかず「しんかんせんはどうなる」 (1-2) 650-760

(2) とうかいどうしんかんせんの「じょうしき」はやぶれるか?
いわなりまさかず「しんかんせんはどうなる」 (2) 650-1090

(3) しょみんとしてのゆめ、あいこうかとしてのゆめ
いわなりまさかず「しんかんせんはどうなる」 (3-1) 660-160
いわなりまさかず「しんかんせんはどうなる」 (3-2) 950-1080