岩津水力発電所にいってきた - 2017年9月ようか

2017.9.8 岩津水力発電所 (9) 1770-1080

とこやさんから岩津(いわづ)に水力発電所があるってきいて、いってきた。きょねん2017年9月ようかのことだけど紹介しとく。
〔※ 2023年2月25日、あきひこのいいたいほうだいからあきひこゆめてつどうに移動〕

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2017.9.8 岩津水力発電所 (1) 奥殿陣屋バス停 450-800 2017.9.8 岩津水力発電所 (2) 奥殿陣屋バス停 1060-1880
(1)(2) 奥殿陣屋バス停

岡崎から足助街道(あすけかいどう)をきたにすすむ。岩津(いわづ)のまちをすぎて、さらにきたにすすむ。門立(もだち)バス停をすぎて巴川(ともえがわ)に合流してすぐに右折。ひがしにちょっといって奥殿陣屋(おくどのじんや)交差点を左折。東北方向にすすんで郡界川(ぐんかいがわ)の南岸をさかのぼっていく。南岸は岡崎市、北岸は豊田市になる。バス停がところどころにあって、こんなさびしいとこまで名鉄バスがきとることにおどろく。

2017.9.8 岩津水力発電所 (3) 川向バス停 1080-1920
2017.9.8 岩津水力発電所 (4) 川向バス停 450-800 2017.9.8 岩津水力発電所 (5) 川向バス停 1010-1880
(3)(4)(5) 川向バス停

みちがつきあたりになるとこで川向(かわむき)バス停。みぎうえには村社御鍬神社っていうりっぱなおみやさんがある。「おくわじんじゃ」ってよむのか。このバス停が路線の終点で、時刻表をみてみると便数は1日2本。いつまでこの路線の維持ができるのか。

2017.9.8 岩津水力発電所 (6) 川向橋 1860-1040
2017.9.8 岩津水力発電所 (7) 川向橋 1280-720
(6) 川向橋(7) はしのうえから下流をみる

つきあたりの川向橋(かわむきばし)で郡界川のむこうにわたる。むこうがわは豊田市で、人家もなんげんかある。

2017.9.8 岩津水力発電所 (8) 「落石のおそれここから」 1720-1080
(8) 「落石のおそれここから」

はしをわたって、みちがひだりS字にのぼりざかになって、ほんとにT字のつきあたりにあたる。正面の「落石のおそれここから」っていう電光表示にひるみながらも、ここを右折。郡界川の北岸をひがしにすすむ。

2017.9.8 岩津水力発電所 (9) 1770-1080
岩津水力発電所 (9) 岩津水力発電所

みちはすぐに超せばくなる。クルマのすれちがいなんかできやへんくて、ところどころでいきちがいのためにみちがふくらんどるだけだ。おまけにくさぶかい。いつさるがあらわれるか、どっからいのししが突進してくるか、ひょっとしてやまんなかからくまがおりてこやへんか、ひやひやしながらクルマをすすめる。やっとのことで、対岸にある岩津水力発電所を発見。これが中電こと中部電力最古にして最小の水力発電所か。この発電所が1897年にできたことで、はじめて岡崎のまちに電力が供給されるようになったっていう。ほー。

ちなみに愛知県下最古の私鉄、岡崎電気軌道の開業が翌1898年になるだけど、ほのときは馬車鉄道だったで岩津水力発電所の操業開始とは直接関係ないか。はたまた1900年の発電所増強が1912年の電車転換につながっとるのか。

ひとがあるいてわたれるだけのつりばしがかかっとるだけど、写真をとっただけでひきかえすことに。きたみちをもどって、とちゅう足助街道ぞい、細川(ほそかわ)の新香山中学入口(しんかやまちゅうがくいりぐち)交差点のとこにある平でとんかつ定食をくって、うちにかえる。

ところで、なんで岩津でもないとこなのに岩津水力発電所っていうなまえなのかふしぎだっただけど、かえってしらべてわかった。いまはこの水力発電所のとこも岩津も岡崎市内になるだけど、おおきく岡崎市として合併するまえにこの水力発電所のとこが岩津に合併された時代があっただ。ほの時代に水力発電所ができたわけだ。ふーん。


(さんこう)