東区の飯田街道をあるく - 2022年3月23日

2022年3月23日、東区の飯田街道をあるいてきた。まえに、錦通久屋交差点の東北かどに「東区史跡散策路」のかんばんをみつけて、いっかいあるいてみたいなっておもっとったとこで、てはじめに飯田街道を中心にあるいてみた。

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地下鉄桜通線で名古屋から久屋大通(ひさやおおどおり)に移動。地上にあがって、テレビ塔のちょっときたのとこ、でいりぐち5Aと5Bのあいさから飯田街道をひがしにあるきはじめる。うしろは伝馬町どおりで、伝馬町どおりと本町どおりがまじわるふだのつじが本来の飯田街道の起点だったみたいだ。すぐひだりにブロッサビルをみて、あるきはじめる。いかにもむかしからの街道だってふんいきがある。大都会のまんなかにこんなふぜいのあるとこがあるだ。街道はさいしょのとこで、ゆるくみぎにゆみなりながらくだっていく。くだりきって東南方向にのびていく。桜どおりや錦どおり、広小路どおりっていう名古屋の東西のめぬきどおりがまっすぐひがしにのびていくのに対して、飯田街道は東南方向にのびていく。ひだりに富士中学校。

高岳南(たかおかみなみ)交差点のちょっとにしで、東西のとおりをみぎななめによこぎる。この東西のとおりが、桜どおりと錦どおりの中間のとおりで、にしに袋町どおりにつながる。

すすんで、ひだり、西蓮寺(さいれんじ)と含笑寺(がんしょうじ)におまいり。

錦どおりとみぎななめにまじわる錦通東桜2丁目(にしきどおりひがしさくらにちょうめ)交差点からひだり、法華寺(ほっけじ)と妙泉寺(みょうせんじ)におまいり。

2022.3.23 (5) 広小路葵交差点 - しだれざくら 1990-1480

すすんで、東区の区域をこえて中区の区域にはいったとこで、広小路どおりとみぎななめにまじわる広小路葵(ひろこうじあおい)交差点。ほの西南かどにさくしだれざくらを、みんなが自転車をおりて写メしていく。

2022.3.23 飯田街道起点区間の地図(あきひこ) 1366-768

広小路葵交差点とほのみなみの広小路葵南(ひろこうじあおいみなみ)交差点をこえていくと、ほっからみちはいっきに4車線になる。ほれまでは中央線さえなかったのに。すすんで、新栄2丁目(しんさかえにちょうめ)交差点東南かどにアマテラスビルを発見。遊女のみせがいっぱいつまったビルだ。

2022.3.23 (6) ハブグランパスパブ - ビーフカレー 1600-1200

飯田街道をもどって、テレビ塔したのハブグランパスパブでビーフカレー。ごちそうさまでした。伝馬町どおりをにしに大津どおりをみなみにいって、タリーズでひとやすみ。喫煙室が加熱式たばこだけってのがざんねん。

まちあるきを再開。こんどは名古屋の東西のめぬきどおりのひとつ、桜どおりをひがしにあるいていく。テレビ塔の経度位置で飯田街道の1本きたのとおりだ。

2022.3.23 (7) 名古屋市東区 - 富士神社 2000-1500

しばらくいって、みぎ、富士神社におまいり。とおりにめんしてはおるだけど、いりぐちのわかりにくいこと。ビルのかげにかくれて、このあたりがうっそうとしたもりだった時代のおもかげをのこす。

2022.3.23 (8) 名古屋市東区 - へちま薬師 2000-1500

すすんで、みぎにはいっていって、へちま薬師におまいり。なんとなくひとのあったかみをかんじるおてらだ。ちょうど、おてらのおくさんがおむかえからかえってきて、おまいりくださりありがとうございますってこえをかけてくれる。こどもも、うながされてこんにちわってあいさつしてくれる。

みなみどなりの寿林寺におまいり。

このあたりからひがしにかけての一帯が寺町だったみたいで、まあひとつ、妙本寺にもおまいり。

桜どおりをちょこっとにしにひきかえしたとこで、3番でいりぐちから地下にもぐる。

2022.3.23 (9) 桜通線 - 高岳 2000-1500

高岳(たかおか)のかいさつをはいって、地下鉄桜通線で名古屋にもどる。


(さんこう)

  • 乗車記録 - 2022年3月23日、すいようび、平日
    • 名古屋 9:30 → (地下鉄桜通線=徳重いき) → 9:35 久屋大通
      〔2.4キロ、5分、時速28.8キロ、210円〕
    • 高岳 14:41 → (地下鉄桜通線=中村区役所いき) → 14:48 名古屋
      〔3.1キロ、7分、時速26.6キロ、240円〕
  • 西枇杷島までひるめしたび - 2022年1月27日 - あきひこゆめてつどう|2022/01/30
    • 地上にあがったとこで、錦通久屋交差点の東北かどに「東区史跡散策路」のかんばんを発見。ふるいまちなみや神社仏閣をたのしむ散策だ。また、あるいてみたいな。
      2022.1.27 (31) 錦どおり久屋 - 東区史跡散策路 1980-1480
  • 名古屋市内の旧飯田街道の始点と駿河町街園:やつば池散歩道(豊田市)のブログ|2018年07月01日
    • 別の資料には、飯田街道名古屋城下から八事興正寺に向って斜めに貫き、豊田市を経由して長野県根羽村阿智村を経て飯田市へ到る道とも書かれております。正しくは下の図のように、名古屋城の南にある本町筋と伝馬町筋が交差する場所の高札場があった「札の辻」が各街道のスタート地点だったようです。
      江戸時代の飯田街道 480-480
    • 東桜一丁目の飯田街道のスタート地点の表示板から、少し斜め東に行ったところの高岳南交差点の角に小さな公園がありました。この場所を地図で見ると、三角形をした「駿河町街園」と書かれております。現在は駿河町の地名は有りませんが、昔の地名が書かれた資料には左下の場所に駿河町と書かれた場所が有りました。
      江戸時代の駿河町 540-515
  • へちま薬師東充寺(へちまやくしとうじゅうじ)
    • 当寺が「糸瓜薬師」(へちま薬師)と呼ばれる由来は・・・・
    • 当寺住職であった温空上人が托鉢の途中、急に激しい疝痛(せんつう)がさし起こりその場に倒れられてしまった。その際、一心に薬師如来のご加護を念じたところ、一人の僧が夢中に現れ「今汝が病を治す秘法を授けん」とへちま加持祈祷の秘法を上人に教えた。上人は早速へちま加持祈祷の秘法を行うと朝にはあとかたもなく治ってしまった。この秘法をありがたく思われた上人は、この秘法をもって世の人々の病苦を取り除かれたと伝えられている。この由来により、当寺は糸瓜薬師(へちま薬師)と呼ばれるようになった。(※ 疝痛せんつう=一定の時間をおいて周期的に現れることの多い,腹部の激痛)
    • 8日のご縁日には予約なしで承っております。それ以外の日にちをご希望の方はお電話(052-931-5233)にてご予約ください。