なごやからきんてつ。
のることひとくかん8ぷんでかにえにとうちゃく。
えきまえにみつけたちゅうかりょうりやでひるめし。しょうゆらーめんとちゃーはん、ごちそうさまでした。
ときわぐんどうをきたにすすんでいって、ひだりにどぞうもんぺいつきのおやしき。
みぎに、かわらぶきにかいだてくろいいたかべのじゅうたく。げんかんに「みんせいいいん、じどういいん」のきふだがかかっとる。
じゅうじろをさせつして、ごのまちしょうてんがいをにしにいく。
みぎにじぞうどう。
ほのにしにかにえしんめいしゃ。
ほのにしにかにえがわ。きたからみなみにながれていせわんにそそぐ。
かにえじょうをぬけてきたにいって、かにえちょうれきしみんぞくしりょうかんにとうちゃく。
きたどなりのこうみんかんをぬけてしりょうかんにはいっていくかたちになっとるだけど、こうみんかんでしゃしんてんをやっとって、さきにこれをけんぶつ。いや、なつかしいしゃしんだ。しゅさいしゃのおじさんたちもあれこれはなしながらみとって、おれもうしろについてしゃしんをみていく。
1955ねんだいのかにえまつり。ひとでごったがえしとる。おじさんたちのはなしで、ばしょがごのさんしょうてんがいだってことがわかる。さっきじぞうどうをみてきたとこだ。
1969ねんのげいしゃしゅう。これもおんなじかにえまつりで、ばしょはかにえがわぞい、かんきょうみりんのまえ。わがあんじょうにはいまもげんえきでげいしゃがおるだけど、かにえにもおっただ。おじさんのひとりが「うちのおばあさんもげいしゃだった」っていっとる。
しゃしんてんのけんぶつをきりあげて、しりょうかんにはいっていく。
「さかんだったぎょぎょう」。かにえはかにえがわにかわみなとがあって、ぎょぎょうがさかんだっただ。さっき、おじさんのひとりにきいて、かわみなとのばしょがふないりちくにあったってことをたしかめといた。きんてつせんよりもしもにいったとこだ。
「うえつけまつり」。たうえがおわると、こどもたちがちょうちんをともしてうじがみさまにおまいりをするだげな。わがあんじょうにはないふうしゅうだ。
えきにもどってかえりのでんしゃ。
- 〔なごや 13:01 → (きんてつなごやせん=いすずがわいききゅうこう) → 13:09 かにえ〕
- 〔かにえ 15:10 → (きんてつなごやせん=なごやいきじゅんきゅう) → 15:20 なごや〕
(2024ねん2がつふつか、きんようび、へいじつ)